2024/12/19
10月27日の総選挙で当選してから2ヵ月近くが過ぎました。特別国会後の臨時国会が始まったのが、11月28日です。この間事務所体制を整えたり、毎日が超多忙な中、21日に閉会予定だった臨時国会は24日のクリスマスイブまで小幅延長となりました。私が初めて参議院議員になった時の臨時国会は翌1994年1月29日まで延期され、すぐに通常国会が始まりました。
どうも、あの時も今回も「政治とカネ」で揺れているのは同じですが、30年前のほうがもっと緊迫していた気がします。
さて、14年ぶりに国会に戻って、与野党の重鎮の方々(つまり若い人たちは余り知らないので)から「お帰り!」と声をかけられている毎日。
そんな中で、久しぶり、つまり14年ぶりに質問をしました。
法務大臣所信に対する一般質疑で、国民民主党には40分の質疑時間を与えられましたので、選択的夫婦別姓を主に問うことにしました。このメールニュースを読んでくださっている方はほとんどの人がご存知だと思いますが、1996年2月に法務省は大臣の諮問機関である法制審議会に5年をかけて準備させ答申を出したのですが、自民党の反対で、閣法として上提されることはありませんでした。
危機感を抱いた多くの女性や女性団体等の要請を受け、当時新進党の人権部会長だった私はすぐに議員立法を出すべく動きました。賛成反対それぞれの有識者をよび議論を重ね、新進党内にも強力な反対者はいたのですが、党首の小沢一郎さんや幹事長の二階俊博さん、総務会長の神崎武法さんら執行部の賛成もあり、ようやく参議院で議員立法を提出できました。しかしそれも自民党の強い反対で議運でつるされたまま、法務委員会に付託すらされませんでした。
その提出法案には筆頭発議者に「山﨑順子」とあります。また当時の新聞記事等にも「賛成派の山﨑順子氏と野田聖子氏」と書かれている。これらを委員会でも見せて、この山﨑順子はじゅんことしか読めないがよりこと読み、私、円より子ですと言うとどよめきがおきました。当選してすぐ「円より子」の通称使用許可を議長に申し出たのですが、衆議院では通称が認められているのに貴族院はダメと言われ(えっ、貴族院ですか?のけぞっちゃった!)、許可されるまで4年以上を費やしたのです。
選択的という言葉は重要で、同姓でいたい人々の実質的な公益を浸すことにはならないし、家族の絆やつながりに政治は介入すべきではないし、「夫婦に子どもそして同姓」ということだけが「ふつう」ではないということ、また別姓ではさまざまな弊害があることなどの理解を広めて、早期に実現してほしいと法務大臣に要求しました。
またこちらも遅々として進まない選択議定書の批准についても質問しましたが、相変らずこれまでの国会質疑での答弁とほとんど変りませんでした。ただ、鈴木馨祐法務大臣は自民党の「選択的夫婦別氏制度を早期に実現する議員連盟」の幹事長をして推進してきた人ですし、石破総理も実は推進派なので、来年の通常国会で実現できるよう頑張りたいと思っています。
今年も残るところ12日となりました。みなさまお元気で良いお年をお迎えください。
年賀状は失礼しますが、来年1月中旬にメールニュース以外に国会報告を出す予定です。送付を希望して下さる方はご住所とご氏名を書いてメールでお返事を下さると嬉しいです。
前回はこちら
今の雇用状況で誰が子どもを産みますか
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