2026/6/17
税金で発行する市報(広報誌)での市長コラム掲載、「よその首長さんは誰もやっていない情報発信」と強弁/武雄市・小松政市長の答弁に見る違和感。
連日のように問題が生じる佐賀県・武雄市議会一般質問の小松政市長の答弁で目を疑う答弁があった。
問題の場面は豊村貴司議員の一般質問で起きた。ふるさと納税や武雄市の元気を市内外に伝えるため、市長の顔が見える発信、市長個人としての情報発信が必要ではないか、という趣旨の質問だった。
ここまでは理解できる。
トップセールスとして、市長が外に出て武雄を売り込む。市長個人アカウントのSNSで発信する。市外の人に直接訴える。あって当然の動きだ。
ところが、小松政市長の答弁は違った。小松市長は、質問で聞かれたSNSではなく、聞かれてもいない「市報」(市発行の広報誌)の手書きコラム(画像参照)を持ち出した。
「例えば市報では、私が手書きでコラムを書いている」
「よその首長さんは誰もやっていない」
「そこで、私の考え方を伝えている」
「これもほかでやっていない情報発信」
この答弁には、耳を疑った。
自治体経営に詳しい有識者はこう指摘する。
「市報は、市長の個人メディアではない。ましてや後援会報でもない。市民の税金で発行され、全世帯に配られる行政広報だ。その市報に、市長の顔写真、手書きの文章、署名を載せ、一人称で『私の考え方』を語る。これは行政情報の伝達ではなく、公費を用いた現職市長の露出強化と印象操作だ。露骨な政治利用である」
なるほど。
小松市長自身が「私の考え方を伝えている」と答弁した以上、これは単なる行政情報ではない。市長個人の私見を、公費で作られる市報に載せている事実を小松市長自ら認めている。
そして、小松市長はその行為自体を「よその首長さんは誰もやっていない」「これもほかでやっていない情報発信」と自画自賛した。
前述の有識者は続ける。「それは『誰も思いつかなかったから』ではない。良識ある、多くの首長は、公費で発行される広報紙を、自分の顔と考え方を売り込む場にすれば、政治利用、選挙利用と疑われることを知っているからやらないのだ」。
李下に冠を正さず。
別の首長経験者からは「公職者なら疑われるようなことは最初から避ける。まして市報は、現職市長だけが使える公費媒体だ。いざ市長選挙となれば、現職は広報誌で税金を使ってPRができる一方、対立候補も、市政に批判的な市民も、同じ条件で紙面を使えない。この非対称性を理解していない時点で、小松市長の感覚はずれている」とのコメントも寄せられた。
武雄市では、前市長の樋渡啓祐さんの時代にも、市長の発信欄があった。しかし、「当時の市議会から『広報誌面の政治利用、選挙利用に見える』との指摘を受け、ブログ抜粋型のページは廃止した」とご本人から伺った。廃止は2008年。
つまり、武雄市では一度、この問題の危うさを経験している。公費で作る市報に、市長個人の発信を載せることが、どれほど慎重に扱われるべきか。既に分かっていたはずだ。
にもかかわらず、小松市長となり、顔写真入り、手書き、署名入りのコラムとして2017年から復活している。そして今回、市長自らがそれを「よその首長さんは誰もやっていない情報発信」と胸を張った。
さらに問題なのは、小松市長自身の個人発信が一切止まっていることだ。
武雄市公式サイトの市長プロフィールには、ブログとfacebook(個人アカウント)が紹介されている。ところが、ブログ「こまっちゃん、走ります!」は武雄アジア大学を誘致することになった2023年2月15日を最後に止まっている。facebookも、タイムライン上で確認できる直近の投稿は2024年5月13日。すでに2年近く止まったままだ。
つまり、小松市長は、自分のブログやFacebookを動かさず、個人SNSでの発信も十分に見える形では行わず、その一方で、税金で発行する市報の顔写真入り手書きコラムだけは続けている。
これはおかしい。市長個人として発信したいなら、私見は政治活動として税金を使わずに発信すればいい。
なぜ、税金で作る市報なのか。
市政として市民に伝えるべき情報なら、担当課が客観的に書けば足りる。事業の目的、費用、効果、課題、今後の見通しを市民に分かるように載せればいい。
そこに、市長の顔写真はいらない。手書き文字もいらない。「私の考え方」を毎月載せる必要もない。
これは、公職者の作法の話でもある。
しかも、武雄市は今後5年間で約30億円の財源不足が見込まれると答弁している。歳出削減、事業の縮小や廃止、市民サービス低下の可能性まで説明している。
ならば、まず見直すべきは何か。
広報誌を愛読しているという住民からは「市民サービスを削る前に、広報誌の限られた誌面から市長個人の露出枠を削るべきではないか。学校施設や福祉、生活に関わる事業には優先順位をつけるのに、なぜ市長の顔写真入り手書きコラムだけは残すのか。市報は市長のものではない。市民のものだ。市長のPRに使われるようなコーナーは不要だ」という厳しい声をいただいた。
小松市長が本当にお気の毒である。

この記事をシェアする
ホーム>政党・政治家>こんどう けんじ (コンドウ ケンジ)>税金で発行する市報(広報誌)での市長コラム掲載、「よその首長さんは誰もやっていない情報発信」と...