2022/2/9
今月1日、石原慎太郎 元東京都知事が亡くなられました。
言いようのない感覚に襲われ、この数日間、言葉を失っていました。
そうこうするうちに、今日から、杉並区議会 令和4年第1回定例会が始まりました。
田中良 杉並区長が、来年度の予算説明の冒頭、石原氏への弔辞を読み上げるのを聞き、またしても、言いようのない感覚に襲われました。
うまく言葉にできませんが、私が今思っていることを、正直に述べてみたいと思います。
石原氏が逝去された当日、早くも氏に対する非難をSNS上で繰り広げた一部の政治家らについて、「逝去当日に鞭打つな」「お悔やみの言葉が必要だ」といった声が相次いでいると言います。
一般的な日本人の感性から言えば、当然の話だと思います。
しかし、石原氏は、政治家のありきたりな「弔辞」など、あまり歓迎されないのではないか。
そんなものよりは、逝去早々、政敵どもから投げつけられる口汚い悪罵の方が、まだしも氏は、例の笑顔で面白がられるのではないか。
何しろ生前、
「人から憎まれて死にたい」
「『やっと死んだ。ざまあみろ』といわれて死にたい」
と仰っていたというのですから。
ありきたりな「弔辞」など読み上げる暇があったら、
「核を持って戦え」
「尖閣諸島をシナから死ぬ気で守れ」
それが氏の想いではないか、という気がしてならないのです。
というわけで、私は氏に対し、「弔辞」を述べることは差し控えたいと思います。
私は、皇室や靖國神社等に関する氏の発言には、賛成できないところも多々ありました。
にもかかわらず、私は、氏から多くのことを学ばせて頂きました。
亡くなられて初めて痛感しているのですが、石原慎太郎 東京都知事という存在がなければ、おそらく、私は政治家を志すこともなく、尖閣諸島魚釣島に上陸を果たすこともなかったでしょう。
ただただ、氏の想いを引き継ぐべく、これからも全身全霊で戦い抜いて行くことだけを、心静かにお誓いしたいと思います。
ありがとうございました。

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