2026/8/15
僕がメタルの話を始めると、
妻は「メタルは嫌い」
子供達は「Snow Manにして」
ただうるさいわけじゃないんだよ…。
というわけで、言い返す相手がいないので。 「メタルから学んだ僕の人生哲学⛓️」の話をつれづれとお付き合いくださいませ🎸
◆「これ聴いてみて」
きっかけは、オーストラリアにいた友人から教わったのが、
“System of a Down”(システム・オブ・ア・ダウン)というバンド。
彼らの音楽は、正統派のハードロックでもない。
パンクでもない。メタルでも、R&B、カントリーでもヘビーロックでもない・・・。
今まで聴いてきた音楽のどの引き出しにも入らないレベチバンドでした。

◆イスラエル・イラン情勢
2026年2月末からアメリカ・イスラエルとイランの戦争が始まりました。
報道の通り、レバノン・ベイルートが空爆され、レバノンでは民間人が6月までに、3,500人以上が亡くなったとされます。
現在は、両国は攻撃停止に合意するも交渉中。
◆生い立ち
“System of a Down”のボーカリスト、サージ・タンキアンは1967年ーー
まさにレバノンのベイルートで生まれました。
▶︎サージ・タンキアン公式Xアカウント
https://x.com/serjtankian
サージの祖父母は、4人とも1915年のアルメニア人虐殺を生き延び、戦争による迫害を受けてきた人びとでした。
7歳のとき、レバノンで内戦が激化。
家族でアメリカへ逃れます。
本人は、当時をこう振り返っています。
「弟は4歳。爆撃で建物が揺れる音に、寝室でうずくまっていた。」
「子どもには、誰が何のために戦っているのかも分からない。」
「ただ怖かった。戦争の恐怖だ。あれはひどい感覚だ」
彼にとって戦争とは、“自分の家族の歴史が、途中で断ち切られる現実”だったのです。
◆1994年“System of a Down”結成
数々のヒットチャートを記録していきます。
最高潮は2005年にリリースした2枚のアルバム。
バンドの全世界売り上げは累計約4000万枚の大ヒットを記録しました。
日本でいうと、B’zやミスチルの総売上枚数に匹敵する様です。
サージの声は、4オクターブを超えると言われます。
鼻にかかった軽い声から、重いバリトン、オペラのような歌い上げまで。
それを一曲の中で使いこなす。
その叫びは、アニメキャラクターのような、悲鳴のような、獣のような唸り声とも評され、「激しい政治的非難」と「不条理な社会」を鋭く突くメッセージとして放たれます。
彼らの思想性の一端を挙げると、
☑️テクノロジーや排気ガスの中で人間が自分らしさを失っていく姿
☑️戦争を始める人間は、なぜ前線に立たないのか?
☑️命を差し出すのは、なぜいつも貧しい若者なのか?
などなど…
ヘビーなサウンドを武器に、政治に無関心だった若者たちの意識を揺さぶりました。
当然ながら、僕もここに含まれます。
2006年、彼はバンドの活動休止後、ソロに移っていきます。
平和を希求するメッセージを届ける相手を増やす為、メタルやロックの枠から、外へ出ていき、エレクトロやオーケストラ、ジャズにも挑戦。
さらには、純粋なクラシックの交響曲へ。現在もサージは、挑戦に次ぐ挑戦を続けています。
最後に、
今日、8月15日は81回目の終戦記念日です。
遠いベイルートの戦火と、名古屋のまちの平和。そのどちらも忘れずにいたい。
イスラエル・イラン情勢で亡くなった多くの民間人に、深く哀悼の意を表します。
僕も政治を志す人間として、二度とこの惨禍を繰り返さない覚悟で、
できることを真摯に挑戦していきます。
最後までお読み頂き、ありがとうございました。
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ヤスダ カズヒロ/43歳/男
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