2026/7/31
1982年、名古屋市北区辻町生まれです。高校卒業まで、北区辻町で育ちました。
高校卒業後は、北海道の酪農学園大学へ。
当時、最先端の分野だった「バイオマスエネルギー(再生可能エネルギー)」を勉強してみたくて、
社会に貢献できる経験をしたいという理由からでした。
10代のほとんどを音楽に費やしたと思います。
中学でビートルズと出会い、高校では洋楽(パンク・ヘビーメタル)に傾倒。
ギターを武器に、自分だけの世界観を追い求めたバンド少年でした。
「これだ」と思えるまで何度も曲を作り直す日々。
今、思えば、この経験で自分の性格、性分がわかりました。
・本気で良いと思ったことには、とことん粘れる
・納得できるまで突き詰める
大学を卒業後、2005年、人材派遣会社に就職。
東京を拠点に、電機メーカーや医療機器メーカーへの営業を担当しました。
1日数十件の飛び込みとテレアポを繰り返す日々が始まりました。
とにかくキツかったです。
同期が次々と契約を獲得していく中、自分だけが取り残される。
上司、先輩全員が僕を退職させようという圧力がありました。
その悔しさを噛み締めながら、諦めることはありませんでした。
そのとき心の支えにしていた言葉があります。
「足下を掘れ。そこに泉あり。」(フリードリヒ・ニーチェ)
「はじめは成功しなくても、もう一度、もう一度、トライするのです。」(エレノア・ルーズベルト)
さぁ!今日も頑張ろう!と毎日自分を奮い立たせて挑戦。
その結果、2006年、2007年で全国1位の営業成績を達成しました。
一度決めた道は「結果が出るまでやり切る」ことを身を持って体験させて頂くことができました!
派遣業界とは違う業界も見てみたいと思い、得意分野であり趣味でもある音楽・楽器業界へ転職しました。
扱う商材は、ギター・ドラム・鍵盤などの楽器本体から、消耗品・パーツに至るまで1万点以上!
なかでも数十万円以上のハイエンドギターの販売が、主な売上の柱でした。
僕が大切にしていたのは、「その商品を心から好きになる」ことです。
本当に良いと思える商品だからこそ、熱量を持って語ることができる。
その熱がスタッフに伝わり、小売店もまた同じ熱量でお客様へ届ける。
お客様はその一本のギターに出会えた感動を手にする——。
この「感動の連鎖」こそが、僕の売上を支えてきた原動力でした。
そしてもう一つ、僕が貫いてきた信条があります。
それは、凡事徹底。
一つ一つの仕事に意味を持たせ、魂を込めてのぞむということ。
小さな案件にも手を抜かず、なぜこの仕事をするのかを自身に問い続ける。
その積み重ねが人からの信頼を生むことを、僕は現場で学びました。
この姿勢は、いまの地域活動にも活きており、そしてこれからの“まちづくり”にも活かしていきたいです。
バンド少年が、派遣の営業になって、楽器屋になってーー。
一見バラバラですけど、貫いてきたものは一つです。
・本気で良いと思ったことには、とことん粘れる
・情熱で人の心を動かす!
・一件一件に魂を込める!
この性分のまま、北区でまちづくりに関わっていきたいです!
でも、どうにもならない現実も見えてきてます。その話は、次に書きます。
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ヤスダ カズヒロ/43歳/男
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