2026/6/2
投票日から10日後に、母(99歳)が逝去したため、このブログをしばらく更新できず、申し訳ありませんでした。
先日、市内の小中学校の不登校児童・生徒の現状と、市の取り組みについて、北名古屋市教育部長さんと教育支援センター「パレット」統括指導員にお会いし、お聞きしました。
現在、市内の小中学校のいわゆる不登校児童生徒数は約180人、そのうち、支援センター「パレット」に来ている子は約30人とのことでした。
市の公報に掲載されている「パレット」の支援内容としては
・不登校児童生徒の状態や状況に合った指導。
・自由な雰囲気の中で、安心できる心の居場所つくり。
・不登校児童生徒の心情に寄り添いながら、生活の自立および集団への適応を段階的指導
・不登校児童生徒の可能性を引き出し、目標に向かって努力する契機をつくるとともに、 自ら進んで学習する姿勢を養う。
ということが、記されています。
また、パレットの「ルール」は
①落ち着いた生活ができること
②自学・自習ができること
だということが記されています。
「ルール」を見ればすぐ気づくことですが、要するに、落ちついて自分で勉強ができる子でなければ「パレット」に来ることはできないとなっているということ。すると、上の支援内容にある「児童生徒の心情に寄り添いながら、生活の自立および集団への適応を・・・指導」を受けることができるには「落ち着いて勉強でき」なければならないということです。

不登校の児童生徒には、じっとしていることができない多動性障害(ADHD)・学習障害(SLD)・コミュニケーションがとれない自閉スペクトラム(ASD)なと、いわゆる「発達障害」と言われる子も多く、そもそも落ち着いて生活ができないために、学校の教室がなじめないということが問題としてあることは、既によく知られたことです。それにも関わらず、公報では、何故このような表現になってしまっているのか。
もちろん、行政の方々も、それに関わっておられる元教員の方々も、不登校問題に一生懸命取り組んでおられることは間違いありません。しかし、不登校問題とは、単に学校にこれないとか落ち次いで勉強できないという問題ではなく、児童生徒の特性問題、更には家庭問題、そして教員の問題・学校運営の問題など、とても複雑で、微妙な問題があり、ただ勉強ができて学校に戻れればいいという問題ではないということを、よく見つめる必要があるということを思います。
私自身中学から高校にかけて不登校でした。そして私の子供も不登校でした。そして、この数十年に渡り、全国の不登校の子や保護者の方とお会いしたりする中で、不登校問題は、ただ単に児童生徒の問題ではなく、家庭の問題でもあり、更には学校や教育委員会の在り方の問題でもあるということを、痛感してきました。
今回は、まだ市の取り組みについてほんの少し触れただけですので、これから行政の方々だけでなく、教員や当該児童生徒、保護者の方たちとの回路を模索していきたいと考えております。
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ホーム>政党・政治家>高柳 まさひろ (タカヤナギ マサヒロ)>「不登校」は、子供自身の問題だけではなく、家庭と学校の問題でもある