2026/6/5
こんにちは。
福井市議会議員選挙に挑戦予定の大谷隆将です。
「自分は人を見る目がある」
一度でもそう思ったことがある方は、多いのではないでしょうか。
私自身、消防職員として14年間、さまざまな現場に立ち、数えきれないほど多くの人と接してきました。緊迫した状況の中での言動、判断、責任の取り方。そうした経験を積む中で、「この人は信頼できる」「この人は危ないかもしれない」と感じる直感は、確かに磨かれてきたと思います。
しかし同時に、こうも思うのです。
「その感覚、本当に正しいのか?」
■ なぜ人は「見抜けている」と思ってしまうのか
人が「自分は人を見る目がある」と感じる背景には、いくつかの心理があります。
まず一つは、「当たった記憶だけが残る」という性質です。
「あの人は怪しいと思っていたら、やっぱり問題を起こした」
こうした経験は強く印象に残ります。一方で、「信頼していたのに裏切られた」という失敗は、無意識のうちに軽く扱ってしまう。結果として、「自分は見抜けている」という感覚が積み重なっていきます。
さらに、「あとから理由をつける」という心理もあります。
結果を知った後に、「最初から違和感があった」「なんとなく怪しかった」と説明できてしまう。これは実際には後付けであるにも関わらず、「自分は最初から分かっていた」と錯覚してしまうのです。
そしてもう一つが、「経験によるパターン認識の過信」です。
人は経験を積むほど、「こういうタイプはこうだ」という判断基準を持つようになります。これは本来強みですが、同時に危うさも含んでいます。人は一人ひとり違うにも関わらず、過去の型に当てはめてしまうからです。
■ それでも「直感」は間違いではない
ここで重要なのは、「直感はすべて間違いだ」と言いたいわけではないということです。
現場で培われた感覚には、確かに意味があります。
私自身、消防の現場で「何かおかしい」と感じた違和感が、実際に重大な事態につながることもありました。そうした直感が命を救うこともある。これは紛れもない事実です。
ただし、それはあくまで「精度が高い可能性がある」だけであって、「常に正しい」わけではないということを忘れてはいけません。
■ 「人を見る目」が最も危険になる瞬間
本当に危険なのは、「自分は見抜ける」と思い込んだときです。
この状態になると、人の話を丁寧に聞かなくなります。確認を怠ります。検証をしなくなります。
そして結果として、判断を誤る。
政治の世界でも、組織運営でも、人選の失敗はすべてに影響します。一度の見誤りが、信頼を失い、組織を弱体化させることもあるのです。
■ 私が大切にしている考え方
だからこそ、私はこう考えています。
「直感は使う。しかし、必ず疑う」
最初の印象は大事にする。違和感も無視しない。
しかし、それだけで決めない。
・複数の視点で見る
・時間をかけて観察する
・第三者の意見を聞く
・事実で裏付ける
こうした積み重ねによって、判断の精度を上げていく。
これが、現場で学んだ一つの答えです。
■ 政治において最も大切なこと
政治は「人」で動きます。
誰と組むのか、誰に任せるのか、誰の声を信じるのか。
そのすべてが、市民の暮らしに直結します。
だからこそ、「自分は人を見る目がある」そう思ったときほど、一度立ち止まる必要があるのです。
■ 結びに
人を見る目とは、生まれつきの才能ではありません。
経験と反省の積み重ねでしか、磨かれないものです。
そしてその過程で最も大切なのは、「自分の判断を疑えるかどうか」だと私は思っています。
私はこれからも、現場で培った感覚を大切にしながらも、それに頼りきることなく、検証し、考え続ける政治家でありたいと思います。
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ホーム>政党・政治家>大谷 たかまさ (オオタニ タカマサ)>「人を見る目がある」と思ったときに、必ず疑うべき理由