2025/8/5
彼女が命を絶った後に「彼女が妊娠していた」という事実を知った私は、あまりの無力さにしばらく何も考えることができなかった。お腹の中の子どもの父親が誰かは分からない。親にも、友人にも言えなかったのだろう。想像するだけで、胸の奥に錆びた杭のような痛みが残る。
「内密出産」という制度を知った時、「制度があれば彼女は生きられたかもしれない」と思った。誰にも言えないまま、ただ孤立した若者が、ひとつの制度によって命をつなぐことができる。身籠った命に罪悪感を持たずに、「産む」という選択ができる。この選択肢があることで、明日も生きられる若者と新しい命があるのであれば、やるしかないと思った。
新しい命が誰かの絶望になってしまうなんて、そんな社会は狂っている。
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全国で初めて内密出産を制度として導入した熊本の慈恵病院では、2021年12月から2023年末までに21件の内密出産が行われた。驚くべきことに、そのうちの6人は首都圏在住だった。内密出産が全国に1か所しか存在しないにもかかわらず、東京から熊本へ、誰にも知られず飛行機に乗って出産しに行く女性が実際にいたという事実は、制度の必要性を雄弁に物語っている。
さらに内訳を見れば、19歳以下が8人、20代が12人、30代以上が1人。理由は「親に知られたくない」が最多で、16人に上る。子どもを産むという選択をしながら、それを誰にも言えない。そんな苦しみを抱えて生きる若者たちが、今この瞬間も東京に存在している。そしてそれが、お腹の子とともに、制度次第では救われる可能性がある。
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内密出産に似た制度は、実は世界各地ですでに取り入れられている。たとえばフランスでは「Xの下での出産(Accouchement sous X)」と呼ばれ、母親の身元を完全に伏せたまま出産できる制度が100年以上続いている。ドイツでは2014年に「機密出産」制度が導入され、年間約100件の実施実績がある。これらの国々は、「匿名性の尊重」と「子どもの知る権利」の両立を意識した制度設計で、命の選択肢を広げている。
そして日本ではついに、熊本県に続いて東京都でもその扉が開いた。2025年3月、墨田区の賛育会病院が内密出産の受け入れを開始。これが唯一の拠点であり続ける限り、また、民間の有志による活動である限り、制度は“選ばれし者だけの制度”にとどまってしまう。より多くの人の命を救うには、都内での拠点拡充、相談体制の強化、そして法整備を視野に入れた公的支援が必要だと考える。
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私は、内密出産の拡充を東京都政の中で本格的に進めていきたいと考えている。そのために、以下のような取り組みを提案する。
・複数区における受け入れ病院の整備支援(運営助成・人材確保)
・匿名相談窓口や一時保護施設のネットワーク化
・出自情報を東京都が公的に保管・管理する体制の確立
・年次ごとの制度実績、モニタリングの公表による透明性の担保
命の選択肢は、等しく誰にでも与えられるべきだ。人は1人では生まれてこない。それなのに妊娠の事実すら「誰にも言えない」社会で、どれだけ多くの命が孤独に消えていったのか。私たちがいま政治の現場でやるべきことは、制度の是非を感情で争うことではなく、「どれだけの命を拾えるか」を冷静に問い、仕組みを積み重ねていくことだと思っている。
制度は万能ではない。でも、「あの時制度があれば」という後悔を、これ以上誰にもさせたくない。
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ホーム>政党・政治家>山口 花 (ヤマグチ ハナ)>若者の妊娠は“絶望”なのか