2026/8/10
1945年8月9日午前11時2分、長崎市に原子爆弾が投下された日です
それにちなみ、絵本と音楽のコラボイベントに参加しました
音楽で、サトウキビ畑がうたわれました
子どもの頃の田舎を思い出し、今だったらどう対応したか、聞きながら考えました
私の生まれ島は伊良部島です
子どもの頃、赤土のサトウキビ畑、これが島の収入源でした
植えるのも、刈り取るのも全て手作業
窮屈な島の反面、近所で助け合わなければならない島でした
自衛隊の航空訓練所として、下地島の土地が国に買い取られたとき
貧困な島の地主たちは、いくばくかの金銭で、喜んでいたと記憶しています。
そして、B29が沖縄に来た時、子ども心にはわからないまでも
すごい戦闘機が来る恐怖は、年寄りから聞いてました
そして、島は、第1次産業では経済がなりゆかず
本土から来た人たちに、土地を売り、島は観光化されて行っています
自然崇拝で、島のあちこちには守り神としての御嶽がありました
その、島で育ったからこそ、自然への畏怖と尊厳は私の中に宿り
助産師としての根底に培われていると思います
自然が破壊され、変わって行く島
暮らしも環境も変わって行くけれど
心の中に、平和なふるさとは残し続けたいものです。
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