2026/6/8

こんにちは、岡野たかしげです!
突然ですが、、、みなさんは、「かわらけ」という言葉を聞いたことがありますか?
漢字では「土器」と書いて、「かわらけ」と読みます。
読み方を知らないと、少し意外に感じる言葉かもしれません。
かわらけとは、素焼きで作られた小さな土器のことです。
正式には「土師器皿(はじきざら)」とも呼ばれ、古くから食器や祭祀、儀式などに使われてきました。派手な絵付けや釉薬はなく、土そのものの色や質感が残る、素朴な器です。
そんな「かわらけ」と深いつながりがある地域が、京都市左京区の木野町です。
木野町は、叡山電鉄の木野駅周辺に広がる地域で、岩倉の北山方面へ向かう途中にあります。現在は住宅地としての印象が強い場所かもしれませんが、かつてこの地域では、かわらけづくりが盛んに行われていました。
木野で作られていたかわらけは、宮中や社寺の伝統行事に使われるなど、京都の文化や信仰を支える大切な道具でもありました。
かわらけの特徴は、何といってもその素朴さです。
ろくろを使って整った形に仕上げる焼き物とは違い、木野のかわらけは「手づくね」と呼ばれる古い技法で作られていました。土を手で丸め、手や肘、板などを使って形を整えていく方法です。
ひとつひとつが人の手によって形づくられるため、器にはわずかなゆらぎがあります。
そのゆらぎこそが、かわらけの魅力なのかもしれません。
木野のかわらけづくりは、地域の女性たちによって担われてきたとも伝えられています。土をこね、形をつくり、焼き上げる。男性たちは、焼き上がったかわらけを「カチンカゴ」と呼ばれる竹の籠に入れて担ぎ、京の町へ売り歩いたそうです。
その光景を想像すると、木野のかわらけが単なる工芸品ではなく、地域の暮らしそのものと結びついていたことが分かります。
また、かわらけは日常の器であると同時に、神聖な器でもありました。
社寺の神事や祭礼では、食べ物やお神酒を供えるための器として使われることがあります。使い終わったあとに再利用するのではなく、その時だけのために用いられることもありました。
土から生まれ、祈りの場で使われ、役目を終える。
そこには、現代の私たちが普段使っている器とは少し違う、時間や命への感覚があるように思います。
木野町には、今もかわらけの歴史を伝える取り組みがあります。地域の方々による保存活動や、親子教室などを通じて、かつての技法や文化を次の世代へ伝えようとされています。
地域の伝統というものは、何もしなければ少しずつ忘れられてしまいます。
けれど、誰かが「これは大切なものだ」と思い、語り継ぎ、実際に手を動かして伝えることで、その記憶は残っていきます。
木野のかわらけも、まさにそうした地域の記憶のひとつです。
京都というと、清水焼や京焼のような華やかな陶磁器を思い浮かべる方も多いかもしれません。もちろん、それらも京都を代表する美しい工芸です。
一方で、木野のかわらけのように、土の風合いをそのまま残した素朴な器にも、京都の文化を支えてきた確かな歴史があります。
目立たないけれど、欠かせないもの。
華やかではないけれど、深く根づいているもの。
かわらけは、そんな存在なのだと思います。
左京区には、寺社仏閣や大学、文化施設、自然豊かな風景など、さまざまな魅力があります。その中で、木野町に伝わるかわらけの歴史は、地域の暮らしと京都の伝統文化が結びついてきたことを教えてくれます。
「かわらけ」ってご存じでしたか?
もしまだ知らなかった方は、ぜひこの機会に、木野町の小さな土器に込められた歴史や人々の営みに思いを向けてみてください。
土から生まれた小さな器の向こう側に、京都のもうひとつの表情が見えてくるかもしれません。
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