2026/5/1
三原じゅん子氏が、こども家庭庁の「解体論」に反論したと報じられました。
日刊スポーツの記事はこちらです。
三原じゅん子氏が反論 こども家庭庁「解体論」に「政策はどれも大切。なくせるものではない」
https://www.nikkansports.com/general/nikkan/news/202604270000516.html?utm_source=twitter&utm_medium=social&utm_campaign=nikkansports_ogp
三原氏は、こども家庭庁について、子ども政策の司令塔として一定の成果を上げてきたと説明し、予算規模が当初の約4.8兆円から今年度は約7.5兆円になったことにも触れています。
そして、こども家庭庁が担う政策について「どれも大切で、けしてなくせるものではない」という趣旨の発言をしています。
私は、この発言には大きな違和感があります。
もちろん、子ども政策は大切です。
子育て支援も大切です。
虐待を受けた子どもへの支援も大切です。
ひとり親家庭、障害児、若者支援、保育、妊産婦支援も大切です。
しかし、ここで問われているのは、子ども政策が大切かどうかではありません。
問題は、その大切な政策の名目で使われている国費が、本当に子どものために使われているのかという点です。
詳しい問題点は、noteで整理しました。
【詳しい解説はこちら】
https://note.com/takasan_japan/n/ne87175fe5945
行政の予算では、よく次のような説明がされます。
政策目的が大切である。
だから予算も必要である。
だから組織も維持すべきである。
一見すると、もっともらしく聞こえます。
しかし、これは非常に危険な説明です。
大切な政策であっても、実際の使われ方が正しいとは限りません。
特に児童相談所の一時保護のように、子どもを家庭、学校、友人、地域から切り離す強い行政権限については、予算がつくほど慎重な検証が必要です。
本当に必要な一時保護だったのか。
数か月に及ぶ長期の親子分離は避けられなかったのか。
面会や通信の制限は、本当に子どもの安全のためだったのか。
医師による検査や心理的な聞き取りは、子どもの意思と尊厳を踏まえたものだったのか。
一時保護をもっと早く解除できた時点はなかったのか。
こうしたことを後から検証できなければ、国費が適正に使われたかどうかも確認できません。
こども家庭庁から各自治体や児童相談所関連の事業に予算が流れる。
しかし、その現場で何が起きているのかを国が十分に検証できない。
これでは、予算の無駄は表に出てきません。
なぜなら、無駄かどうかを判断するための記録や仕組みがなければ、そもそも「無駄だった」と証明できないからです。
不必要な一時保護があったとしても、
本来もっと早く帰せた子どもを数か月保護していたとしても、
面会制限に具体的な必要性がなかったとしても、
子どもの意思を置き去りにした検査や聞き取りが行われていたとしても、
後から検証できなければ、行政側はこう言えます。
「当時は必要と判断しました」
「子どもの安全のためでした」
「専門的判断です」
「個別事案なので説明できません」
この言葉で閉じられてしまえば、税金の使われ方も、子どもの権利侵害も見えなくなります。
これは、非常に大きな問題です。
この問題は、国政だけの話ではありません。
市川市民にとっても、決して他人事ではありません。
市川市には千葉県の市川児童相談所があります。
そして、市川市でも児童相談所のあり方、子ども家庭支援、虐待対応、親子分離の問題は、地域の重要課題です。
もし国や県の仕組みが、後から検証できないまま予算を流し続ける構造になっているなら、市川市民も声を上げる必要があります。
市川市が将来、児童相談所設置や中核市移行を考えるのであれば、なおさらです。
国や県が作ってきた「検証できない行政OS」を、そのまま市川市に持ち込んではいけません。
市川市で児童相談所行政を考えるなら、必要なのは単に施設を作ることではありません。
市民が検証できる仕組みです。
記録が残ること。
説明責任が果たされること。
子ども本人の意思が確認できること。
面会通信制限の理由が後から検証できること。
一時保護が長期化した理由が明らかになること。
不当・違法な対応があった場合に、改善と責任追及ができること。
これがなければ、どれだけ「子どものため」と言っても、実態は行政のための制度になってしまいます。
私は、こども家庭庁のすべての政策が不要だと言っているわけではありません。
本当に必要な支援はあります。
本当に救わなければならない子どももいます。
本当に予算をつけるべき事業もあります。
だからこそ、無駄な支出や不当な運用を見分ける仕組みが必要なのです。
後から検証できない制度のまま、予算だけが増えていく。
これでは、国民から見れば、官僚組織による予算拡大戦略ではないかと疑われても仕方ありません。
大切な政策だから予算を増やす。
しかし、使い道は後から十分に検証できない。
現場で不当な一時保護があっても、国は個別事案として把握しない。
自治体は専門的判断として説明を閉じる。
子どもや家族は、長期間苦しんでも、制度の中で声を上げにくい。
これでは、子どもを守る制度ではなく、行政組織を守る制度になってしまいます。
行政は、自分たちで自分たちの不都合な事実を積極的に表に出すとは限りません。
だからこそ、市民の力が必要です。
市民が関心を持つ。
議会で質問される。
情報公開を求める。
相談記録を残す。
不当な対応を記録する。
行政が説明を避けた場合、その事実を残す。
選挙で、検証する政治家を選ぶ。
こうした積み重ねがなければ、行政の仕組みは変わりません。
こども家庭庁の予算が約7.5兆円規模になったと言われても、そのお金が本当に子どものために使われているかを検証できなければ、国民は納得できません。
市川市民も同じです。
市川市で子ども政策を進めるなら、予算を増やすだけでは足りません。
「その予算は、本当に子どものために使われたのか」
「児童相談所の判断は、後から検証できるのか」
「不必要な親子分離に税金が使われていないか」
「子どもの意思と尊厳は守られているのか」
ここを問う市民の目が必要です。
三原氏の「政策はどれも大切」という言葉は、一見すると正しいように聞こえます。
しかし、本当に大切な政策なら、なおさら検証が必要です。
大切だから、予算を出す。
大切だから、記録を残す。
大切だから、後から確認できるようにする。
大切だから、誤った一時保護を止める。
大切だから、無駄な支出を見逃さない。
大切だから、子どもの権利を行政の都合で踏みにじらせない。
これが本来の行政であるはずです。
「こども家庭庁を守るか、解体するか」だけでは、議論が浅くなります。
本当に問うべきなのは、そこではありません。
国費が子どものために使われているのか。
児童相談所の強い権限を後から検証できるのか。
不必要な一時保護や面会制限に税金が流れていないか。
市民がその仕組みをチェックできるのか。
ここです。
市川市民の皆さんにも、ぜひ考えていただきたいと思います。
子ども政策は大切です。
だからこそ、予算の使い道を検証しなければなりません。
子どもを守る制度を、行政組織を守る制度にしてはいけません。
子どもと日本の未来を創るたかさん
YouTubeでも、児童相談所問題、行政の不透明な運用、子どもの権利について発信しています。
https://www.youtube.com/@takasan_ichikawa-city
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