2026/4/30
田中甲市長は、市川市が横浜市型のごみ分別を目指したいという意思を討論会でも述べていました。そのため、まず必要なのは、分別強化そのものではなく、不法投棄を逃がさない市川市を作ることではないでしょうか。

私は、ごみの減量や資源化そのものに反対しているわけではありません。クリーンセンターへの負荷を減らし、焼却量を抑え、資源化を進めることは、市川市にとって重要な課題です。
しかし、政策には順番があります。
現在の市川市で、不法投棄やポイ捨てを十分に抑止できないまま、多品目分別だけを先に進めれば、まじめな市民ほど負担が増え、ルールを守らない人ほど逃げ得になる制度になりかねません。
横浜市は、横浜G30プランのもとで、家庭ごみの分別を従来の5分別7品目から10分別15品目へ拡大しました。分別拡大は、平成15年10月に市内約4万世帯でモデル実施され、平成16年10月に6区で実施、平成17年4月から全市実施となっています。
しかし、ここで重要なのは、横浜市が単に「市民に細かく分けてください」とお願いしただけではないという点です。
横浜市では、分別区分に従わないごみ出しに対して、指導、勧告、命令を行い、命令後1年以内に再び分別しないでごみを出した場合には、過料2,000円を科す制度があります。しかも対象は「分別ができるのに、分別しない人」であり、勘違いなどによる分別ミスとは分けて説明されています。
つまり、横浜市型とは、説明、指導、支援、そして実効的な過料制度まで含めた行政運用です。
ここを抜きにして、「横浜市のように細かく分けましょう」という部分だけを市川市が真似すれば、市民の反感を買うのは当然です。
私は以前、「いつもの公園シリーズ」として、ごみ箱のない公園にどのようなごみが捨てられているのかを、かなりの期間、定点観測してました。
ごみ箱がない公園に、空き缶、ペットボトル、弁当容器、袋に入ったごみが捨てられる。
子どもたちが遊ぶ場所に、ごみが放置される。
誰が捨てたのか分からないまま、結局は誰かが片付ける。
この現実を見てきた立場から言えば、現在の市川市で分別強化だけを先に進めることには、大きな危うさがあります。
分別が細かくなれば、まじめな市民ほど手間が増えます。
一方で、ルールを守る気のない人は、公園、江戸川沿い、コンビニや商業施設のごみ箱、あるいは車の窓からのポイ捨てへ逃げるかもしれません。
これでは、まじめな市民ほど損をする制度になってしまいます。
ごみ問題では、よく「市民のマナー向上」という言葉が使われます。
もちろん、マナーは大切です。多くの市民はルールを守り、地域をきれいにしようと努力しています。
しかし、行政がマナーに頼りすぎると、制度は必ず限界を迎えます。
ごみ行政は、善良な市民だけを見て設計してはいけません。制度設計で重要なのは、マナーを守らない人がどう動くかです。
分別が面倒になれば、どこに捨てるのか。
夜中なら見つからないと思う人は、どこへ向かうのか。
注意だけで済むと思っている人に、どう実効性を持たせるのか。
ここを考えずに分別だけを強化すれば、不法投棄やポイ捨てを助長しかねません。
市川市のような都市部では、外国人住民や外国人来訪者も増えています。
ここで大事なのは、外国人を一括りにして批判することではありません。まじめに地域のルールを守って暮らしている外国人も当然います。
しかし、日本語の説明、日本独特の地域ルール、自治会的な暗黙の了解、そして「普通は分かるでしょう」というマナー頼みの行政は、多文化化した社会では通用しにくくなります。
ごみ出しやポイ捨てをめぐって「外国人のマナー」が問題にされることがあります。
しかし、これは外国人個人の問題だけではありません。
多文化化した社会に対応できる制度設計を、行政が用意していない問題でもあります。
日本社会は、長い間、国民の道徳、倫理、地域のマナーによって、治安や生活環境を守ってきた面があります。
それ自体は、日本社会の強みでした。
しかし、その強みに行政が甘えすぎてきた面もあります。
本来、法治国家であれば、ルールは明文化され、誰にでも分かる形で周知され、違反した場合には公平に執行される必要があります。
ところが日本の現場では、法令や条例による明確な運用よりも、
「みんな分かってくれるはず」
「地域のマナーだから守るはず」
「注意すれば分かるはず」
という前提に頼りすぎてきました。
この“マナー依存型の行政運用”は、外国人住民が増え、地域のつながりが弱くなり、生活様式も多様化した現在では、限界を迎えつつあります。
特に、明文化されたルールと行政による執行を重視する文化圏から来た人にとっては、
「なぜ法律や罰則で明確に運用せず、マナーや空気で守らせようとするのか」
と理解しにくい面もあるはずです。
だからこそ、市川市が横浜市型の多品目分別を目指すなら、多言語での周知、明確なルール、実効的な過料徴収、警察との連携、防犯カメラ・監視カメラによる証拠化が必要です。
これは外国人への差別ではありません。
むしろ、日本人にも外国人にも同じルールを適用する、公平な制度運用です。
「外国人だから見逃す」
「日本人だから厳しくする」
「言葉が通じないから注意だけで終わる」
このような運用では、ルールを守っている市民の不満が高まります。
外国人問題のように見えるものの一部は、実は多文化化した社会に対応できない行政制度設計の問題でもあります。
だからこそ、外国人にマナーを求める前に、行政は誰にでも分かるルールと、国籍を問わず公平に執行される制度を用意すべきです。
市川市は、不法投棄について「犯罪です」と明記しています。不法投棄をした人は、5年以下の懲役もしくは1,000万円以下の罰金、またはその両方の対象となり、未遂も処罰対象です。
また、市川市には市民マナー条例があり、市内全域でポイ捨て、歩きたばこ、犬のふんの放置などを禁止しています。路上禁煙・美化推進地区では、違反者に過料2,000円を科す仕組みもあります。
つまり、制度はすでにあるのです。
問題は、市民から見て「本当に取り締まっている」と感じられる運用になっているかです。
ごみ箱のない公園にごみが捨てられる現実を見れば、公園への防犯カメラ・監視カメラの設置は、今後避けて通れません。
これは単なるごみ対策ではありません。
公園は、子ども、高齢者、親子連れが使う公共空間です。そこにごみが投棄されるということは、環境問題であり、治安問題でもあります。
市川市が本当に多品目分別を進めるなら、まず市民にこう思わせる必要があります。
ここから市川市内だから、ごみを捨てたら捕まる。
この危機感を持たせるレベルにしなければ、分別強化は、まじめな市民だけに負担を押しつける制度になってしまいます。
市川市が横浜市型の分別を目指すなら、次の4段階を示すべきです。
第一に、分別できる人には分別を求める。
通常ルールで出せる人には、分かりやすい説明、アプリ、チラシ、集合住宅向け説明、相談窓口を整えたうえで、分別を求める。
第二に、分別できない人には支援を用意する。
高齢者、障がい者、病気の方、認知機能に不安がある方、子育てや介護で余裕がない世帯、外国人世帯などには支援が必要です。
市川市の一般廃棄物処理基本計画でも、高齢者等世帯ごみ出し支援や、不適正排出・不法投棄対策の強化は重点項目に入っています。
第三に、分別したくない人には費用負担を求める。
分別する時間や手間をかけたくない人には、市の許可・委託を受けた民間業者が、アプリや電話で依頼を受け、割高な料金で回収・分別代行する仕組みを作る。
これは甘やかしではありません。不法投棄への逃げ道を、正規の有料ルートに変える制度です。
第四に、不法投棄する人には取締りを行う。
公園、江戸川沿い、道路、駅周辺、コンビニ周辺、家庭ごみ集積所への不法投棄やポイ捨ては、国籍を問わず、公平に過料、警察連携、告発の対象にする。
マナー啓発だけでは足りません。
市川市では、捨てたら本当に過料を取られる。
この実効性がなければ、ルールは守られません。
田中甲市長が目指す横浜市型のごみ分別は、方向性としては検討に値します。
しかし、現在の市川市の状況で、そのまま多品目分別を進めるのは時期尚早です。
私が「いつもの公園シリーズ」で定点観測してきたように、ごみ箱のない公園にもごみが捨てられている現実があります。
この現実を放置したまま、細かい分別だけを市民に求めれば、公園へのポイ捨てや不法投棄を助長しかねません。
市民に負担を求めるなら、行政も本気を示すべきです。
防犯カメラ・監視カメラの整備。
警察との連携。
実質的な過料徴収。
公園・川沿い・道路・空地周辺の重点監視。
許可・委託業者による有料分別代行制度。
高齢者や分別困難者への支援。
多言語での周知と、国籍を問わない公平な運用。
ここまで設計して初めて、市川市は横浜市型のごみ分別を語る資格があるのではないでしょうか。
市民にだけ負担を押しつけるごみ政策ではなく、まじめな市民が損をしないごみ政策へ。
まずは、不法投棄を逃がさない市川市を作るべきです。
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