2026/4/3
こんにちは、田中ヒロシです。
みなさん、お花見には行きましたか。
私は、日曜日に朝から中野区白鷺町会のバザーを手伝い、午後に新井薬師公園「第36回 中野通り桜まつり」にて花見会に参戦しました。

朝から何も食べてなかったので、いきなり飲んでヘロヘロでしたが、いろんな方々といろんな話ができて刺激になりました。
刺激といえば、忙しさにかまけて、ほとんど更新してなかったfacebook。ちょうど、次のイベント準備で、頻繁にメッセンジャーを使いやりとりしていたところ、その際、こちらの案内が流れてきました。
【アンドリュー・ワイエス展】東京都美術館開館100周年記念です。

Facebook 東京都美術館 Tokyo Metropolitan Art Museumさんの投稿
いやぁ、なんというか、とっても懐かしいです。
ヒロシがワイエスに出会ったのは、36年前の誕生日前日。場所は池袋です。
「ワイエス展―ヘルガ」です。
ちょうど、1月よりトルコを旅していたのですが、「ワイエス展―ヘルガ」の最終日に合わせ、前日に帰国しました。
なんで、そこまでして鑑賞に行ったのかというと、池袋に貼ってあった「ワイエス展―ヘルガ」のポスターを観て、圧倒的に心が掴まれてしまったのです。刺激どころではなかったのです。
参考までに、ヒロシは、高校生の時にアクリル板のエッチングみたいなので、学校の代表で上野の美術館に展示されたことがあるのです。
もう一つ。略歴にも書いてありますが、営業職だったのですが、どういうわけだかディレクターなるものを依頼され、以下のような賞をいただいたことがあります。
アートディレクターとして企画制作したカレンダー「世界のオペラハウス」が、ドイツ国際カレンダー展『gregor international calendar award』に日本代表として出品
写 真 ・・・ ・・木之下 晃
デザイン・・・・勝井三雄
ディレクター・・田中裕史
印 刷 ・・・・・ DNP 大日本印刷株式会社
というわけで、わりと美術の世界って好きだったのですね。
そうそう、高校時代に美術で10をとったこともありました。
とはいえ、当時は、ワイエスという人も知らなかったし、ヘルガの存在なんて知る由もなかったので、ネットで調べてみたら、この美術展、結構センセーショナルな展覧会だったようです。
それこそ、“今も語り継がれる伝説の美術展、1990年に西武美術館で開催された「ワイエス展―ヘルガ」”みたいな感じのようです。
当時のヒロシは、そんな伝説的な美術展とは思っていませんでしたが、美術愛好家の人にとっては、「単なる絵画展」を通り越して、ひとつの衝撃的スクープみたいに扱う人もいたそうです。
図録買ったけど、どこに置いたかな。実家に置きっぱなしだろうか。
まぁ、ヒロシの感覚は、当時その程度。
でも、当時、単なる美術展ではなかったのです。
なぜかというと、20世紀アメリカを代表する巨匠アンドリュー・ワイエスが、実は一人の女性をモデルに15年間、家族にも内緒で描き続けていた240点もの作品が一気に公開されたからです。
それが、「ワイエス展―ヘルガ」なのです。
おっ、こうなってくると、なんだか興味津々ですね。
ワイエスは、徹底的な写実主義で知られる画家です。でも、ただの写真みたいな絵なのかというと、ちょっと違います。
ヒロシの世代だと、スーパーリアリズムなど、写真そのものみたいな絵画がもてはやされた世代でありますが、そのての絵画とは一線を画すのです。
ワイエスは、身近な人々を長年に渡り描いていました。私の感じたところは、日本の四季を丹念に描くみたいな感覚だったのではないかと思います。人々が生活し、年月を経ていくみたいな感じです。
そして、リアルさがどこからくるのかというと、気温だったり、湿度だったり、空気感や風など、一見目に見えないようなものを描いていたように思いました。
例えば、四季を表現するのに、桜だったり、紅葉だったり、雪とか添え物で表現することはできると思いますが、ワイエスは添え物ではない、その場で自身感じ取ったものを表現し鑑賞者に伝え切ったのではないかなと思います。
それこそが、人の感性に訴える、リアリズムなのではないかと思います。
彼の絵には、静寂の中に鋭い緊張感や、うつろいとか孤独が漂っていると感じました。まさに池袋駅で見たポスターから、そのような感覚を感じ取ったのです。なんか余計なものを削ぎ落としているのだけれど、その人そのものを描き切っているみたいな感じなのです。
彼は人生のほとんどを、故郷ペンシルベニア州チャッズ・フォードと、夏を過ごすメイン州の2カ所だけで過ごしました。自身の馴染みのある場所で、遠くへ旅をすることなく、見慣れた風景と、自分と深く関わる限られた人間だけを執拗に描き続けたが故に「孤高のリアリスト」と呼ばれたのでしょう。
話は戻りまして、この絵画展の主役である、ヘルガ・テステュオフについて。彼女はワイエスの隣家に住んでいたドイツ系の女性でした。もともとはワイエスの友人宅で看護や家事の手伝いをしていましたが、38歳の1971年から1985年までの15年間、ワイエスのモデルを務めることになります。
絵を観ればわかりますが、ヘルガは決して派手な女性ではありませんでした。編み込んだ金髪に、意思の強そうな瞳。ワイエスは彼女の中に、どこかワイエスに通じる芯の強さや厳格さを感じ取ったためにモデルにしたのでしょうね。
彼女を描いた作品は、服を着た肖像から裸体、そして彼女が眠っている姿まで多岐にわたります。そのどれもが、肌の質感や産毛一本一本まで、緻密に描かれているのです。
でもね、なんといっても、この「ヘルガ・シリーズ」の最大の関心は、15年間、ワイエスの妻・ベッツィさえもその存在を詳しく知らなかったという点です。
これ、なんかすごくないですか。
ある日、一人のコレクターがこれら作品をまとめて買い取ったことで、秘密が公になったようです。
孤高の画家ワイエスが15年にわたり秘したモデル〈ヘルガ〉、写実画家が2人のモデルに描いた20世紀の寂しいアメリカの肖像

2025年5月31日 ウエッジオンライン
アメリカのタイム誌やニューズウィーク誌がこぞって巨匠の隠し事として特集し、世間は「二人は不倫関係だったのか!?」というゴシップ的な興味で持ちきりになったそうです。
まぁ、誰もがそう受け止めるよなとヒロシも思いましたが、作品を見ればわかるのは、それが単なる不倫とか浮気って感じではないのですね。恋愛感情で描けるような代物ではないということです。
ワイエスは、一人の人間が15年という歳月の中で老いていき、変化していく様を、事細かに、じっくり観察するように描きたかったのかなと思いました。
ネットの評論みたいなものを読んでいると、ワイエスにとって「描くこと」は、対象と一体化することだそうです。
彼はこう語ったそうです。
「私は対象を愛さなければならない。そうすれば、それは私のものになる」
ヘルガとの関係は、男女の愛を超えたものだったのでしょう。ヘルガもまた、15年もの間、誰にも言わずにポーズを取り続け、ワイエスの執念に付き合い続けました。彼女自身も、ワイエスの芸術を完成させるためのパートナーであり、2人の共同作業によって完成したと言えるでしょう。
この展覧会が日本にやってきた1990年、会場となった西武美術館には連日多くの人が詰めかけたそうです。
ヒロシは、イスタンブールから南回りで23時間かけて、帰国した直後なので、少々意識朦朧でした。
いやぁ、実にもったいないことをしてしまいました。
会場の様子までは、ほぼ覚えていません。
当時、日本の観客が目にしたのは、スキャンダラスな噂の作品ではなく、「一人の女性を15年見つめ続けた男の執着」でした。
まぁ、なんというか冬の引き締まった竹を描いたような、厳しさとか緻密な背景とか、光を浴びるヘルガの肉体。そこには、恐ろしいほどの集中力が感じられる究極の作品て感じでした。
「不倫か、芸術か」という次元の低い議論を、圧倒的な描写力によって、そんなものどうでも良くなっちゃったんじゃないか。それが、この「ヘルガ展」の凄みなのです。
4月28日より、東京都美術館開館100周年記念「アンドリュー・ワイエス展」が開催されます。ワイエスの作品に直接出会ことができます。ぜひぜひ、その細部をじっくり覗き込んでみてください。そこには、長い歳月を閉じ込めた、画家とモデルの「魂の対話」が今も息づいています。
2026年に開催される「東京都美術館開館100周年記念 アンドリュー・ワイエス展(英題:ANDREW WYETH Boundaries or Windows)」は、東京・愛知・大阪の3会場を巡回します。
日本初公開の作品を含む、ワイエスの静謐で精神的な世界観を堪能できる貴重な機会となっています。会場別のスケジュールや詳細は以下の通りです。
| 会場 | 開催期間 | 所在地 |
|---|---|---|
| 東京都美術館 | 4月28日(火) 〜 7月5日(日) | 東京都台東区(上野公園) |
| 豊田市美術館 | 7月18日(土) 〜 9月23日(水・祝) | 愛知県豊田市 |
| あべのハルカス美術館 | 10月3日(土) 〜 12月6日(日) | 大阪府大阪市阿倍野区 |
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西武新宿戦沿線、中野区白鷺の田中ヒロシの「【アンドリュー・ワイエス展】回顧展 36年前に出会ったヘルガ240枚の秘密が明かされた1990年池袋」でした。
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