2026/1/1
さぁ、年が明けました。明日1月2日は新年の一般参賀が行われます。天皇皇后両陛下が、国民からの祝賀をお受けになる行事で、皇居の長和殿ベランダにて、天皇及び皇族が出御し、「お言葉」を述べるもの。このような、国民が直接皇室の方々に祝意を伝えることができる機会は大変貴重です。一般参賀は年2回、新年と天皇誕生日となります。
私、ヒロシは「一般参賀国旗小旗配布奉仕活動」にご協力させていただきます。
令和8年の新年一般参賀の注目は、なんといっても悠仁親王殿下です。9月に成年を迎えたことを示す成年式以来、成年皇族としての活動が始まり、「新年祝賀の儀」に続き1月2日に初めて新年一般参賀に出席されます。

引用元:宮内庁「加冠の儀(宮殿/東京都千代田区)」
その関心高まる新年一般参賀ですが、2000年を超える皇室の歴史からすると意外にも歴史は浅く、始まりは昭和23年だそうです。
戦前にも参賀はあったようですが、厳格な身分制度のもと、皇居内に一般国民が入ることは制限されていたようです。昭和22年日本国憲法が施行されたため、参賀においても、広く一般国民から奉祝を受けることは必然と考え、翌年の23年から、一般参賀となったのです。
その当時は、国民参賀と呼ばれ、鉄橋付近に設営された記帳所にて記帳するだけのものだったらしい。とはいえ、思いの外、多数の参賀者が集まり、一説によると7万人との話もあり、陛下は大変お慶びになられたそうです。
実は、昭和23年の一般参賀は2回行われたのです。1月1日と2日。多数の国民が参賀したという報告を受けた昭和天皇は、「せっかく、国民が来ているのだから、どこからか、その様子を見ることはできないだろうか」とおっしゃり、なんと、階段を登り屋上に出られたそうです。
参賀者は、屋上にいる陛下のお姿に気付き、人々は「天皇陛下万歳」と唱えたそうです。
昭和26年には、香淳皇后もお出ましが慣例となり、昭和35年には、皇族の方々もお出ましが慣例化されました。昭和天皇が「お言葉」を述べえられるようになったのは昭和57年からだそうです。
歴史的には短いとはいえ、75年目の新年一般参賀。中には「どれくらい待つのだろう。。」「ものすごく寒いのだろうな。。」などなど、関心がありならも、ネガティブになっていた方もいらっしゃるかと思います。一般参賀は貴重な体験です。普段は入ることができない二重橋や皇居の庭園の美しさも相まって素晴らしい新年となる事でしょう。
最後にご興味のある方に気になる情報を簡単にまとめてみました
・5回です
・5〜6分くらいです
・下に政府広報オンラインより引用した表を参考にしてください
・10時10分の一回目を想定するなら8時くらい
・お出ましの少なくとも2時間前くらい
・皇居前広場に仮設トイレあります
・行けないこともないが、混雑しているし、動き出すと厳しいかも
・ボランティアが無料で配ります
お出まし時間は以下を予定しています
| 第1回 | 午前10時10分頃 | 天皇皇后両陛下、上皇上皇后両陛下、秋篠宮皇嗣同妃両殿下、愛子内親王殿下、佳子内親王殿下、悠仁親王殿下、常陸宮妃殿下、寬仁親王妃殿下、彬子女王殿下、高円宮妃殿下及び承子女王殿下 |
|---|---|---|
| 第2回 | 午前11時00分頃 | 天皇皇后両陛下、上皇上皇后両陛下、秋篠宮皇嗣同妃両殿下、愛子内親王殿下、佳子内親王殿下、悠仁親王殿下、寬仁親王妃殿下、彬子女王殿下、高円宮妃殿下及び承子女王殿下 |
| 第3回 | 午前11時50分頃 | 天皇皇后両陛下、上皇上皇后両陛下、秋篠宮皇嗣同妃両殿下、愛子内親王殿下、佳子内親王殿下及び悠仁親王殿下 |
| 第4回 | 午後1時30分頃 | 天皇皇后両陛下、秋篠宮皇嗣同妃両殿下、愛子内親王殿下、佳子内親王殿下及び悠仁親王殿下 |
| 第5回 | 午後2時20分頃 | 天皇皇后両陛下、秋篠宮皇嗣同妃両殿下、愛子内親王殿下、佳子内親王殿下及び悠仁親王殿下 |
引用元:政府広報オンライン『新年一般参賀にお越しになる皆さまへ』
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西武新宿戦沿線、中野区白鷺の田中ヒロシの「悠仁親王殿下初お出ましの新年一般参賀2026。何時から並ぶ?何回?歴史はいつから始まった?」でした。
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