2026/5/19
| 小森さだゆき | 参政党 / 高槻市議会議員
新緑から夏へと向かう心地よい季節、広大な敷地に美しい緑が広がる京都御苑を歩いていると、本当に心が穏やかになります。天気の良い日には、多くの人が思い思いに散歩を楽しみ、夏になれば青々とした芝生の上にゴロゴロと寝そべって、爽やかな風を感じている。そんな何気ない、しかし温かい日常の光景がそこにはあります。
日本には、このように素晴らしい歴史を感じさせてくれる建物や場所が本当にたくさん残されています。しかし、いま私たちが目の前にしているこの平和な公園の光景は、決して当たり前の歴史の上にあるわけではありません。かつての動乱や、厳しい制限の歴史を知ることで、いまここにある景色がいかに尊く、嬉しいものであるかが深く胸に迫ってきます。
今でこそ、私たちは当たり前のように敷地内に入り、美しい庭園や宮廷建築を眺めることができますが、ほんの10年前の2016年(平成28年)までは、京都御所は事前に往復はがきやインターネットでの申し込みが必要な、少しハードルの高い場所でした。
さらに時代を明治以前にまで遡れば、ここは天皇が暮らす神聖な場所であり、一般の人間は決して立ち入ることのできない「禁裏(きんり)」と呼ばれる空間だったのです。
現在、私たちが心地よく歩いている広々とした白砂の道や芝生の広場には、かつて有力な公家たちの巨大な邸宅が隙間なく建ち並んでいました。防衛上の理由から道は狭く入り組み、常に張り詰めた空気が漂う、一般の庶民にとっては文字通り遠い雲の上の世界だったのです。
その静寂を破り、この場所が凄まじい「戦争の歴史」の舞台となったのが、幕末の元治元年(1864年)に起きた「蛤御門の変(禁門の変)」です。
御所の西側に位置する蛤御門に足を運ぶと、私は激しい衝撃を受けました。門の堅牢な柱や梁のあちこちに、当時の激しい銃撃戦によって抉られた銃弾の痕が、今も生々しくそのまま残されているのです。
教科書の中の遠い過去の出来事だと思っていた歴史が、指で触れられるほどの距離でリアルに語りかけてくる瞬間の驚きは、言葉にできないものがあります。この門を突破した長州藩の兵たちと、それを迎え撃つ会津・薩摩の兵たちが、まさにこの数十メートルの空間で命を懸けて戦い、飛び交う弾丸のなかで多くの尊い命が散っていきました。この戦いによる火災は屋敷から燃え広がり、京都の街の大部分を焼き尽くす大火となったのです。
かつて銃弾が飛び交い、激しい炎に包まれた戦火の舞台。そして、一般の立ち入りすら決して許されなかった神聖な禁足地。
そんな激動の歴史を乗り越えた場所が、長い年月を経て、今では誰もが無料で、自由に、いつでも訪れることができる「国民公園」へと生まれ変わっています。かつての志士たちが命を懸けて駆け抜けたその同じ道で、現代を生きる私たちが笑顔で散歩をし、子どもたちが走り回り、大人たちが芝生に寝そべって平和を噛み締めている。
この過去と現在の見事な対比を思ったとき、私は心の底から深い感動と、込み上げるような嬉しさを覚えずにはいられませんでした。私たちが今こうして享受している「平穏な日常」は、数々の動乱と歴史の積み重ねの先に、先人たちが繋いでくれた奇跡のような贈り物なのです。
日本に残る歴史的建造物は、私たちに過去の厳しさや戦いの痛みを教えてくれると同時に、それを乗り越えた現代の平和の有り難みを雄弁に物語ってくれます。
歴史の息吹を残す松並木の間を、今日も家族連れや観光客の笑顔が行き交っています。この穏やかで愛おしい日常の景色を、私たちは次の世代へもしっかりと守り、繋いでいかなければなりません。芝生に寝転がれる現代の平和に、心からの感謝を込めて。
| 小森さだゆき | 参政党 / 高槻市議会議員
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