2026/5/25
| 小森さだゆき | 参政党 / 高槻市議会議員
SNSやニュースのコメント欄で「財務省が日本をダメにしている」「増税の黒幕」といった厳しい言葉を目にすることが増えました。最近では「ザイム真理教」といった過激な造語まで使われるほど、その風当たりは強まっています。
なぜ財務省はこれほどまでに批判を浴びるのでしょうか。単なる「悪役」として片付けるのではなく、その批判の根拠と、組織としての実態を客観的に紐解いてみましょう。
財務省に対する批判は、大きく分けて以下の3点に集約されます。
「将来世代にツケを回さない(財政健全化)」という大義名分のもと、支出を抑え、増税を推進する姿勢が、日本の経済成長を阻んでいるという批判です。「失われた30年」の原因は、財務省による行き過ぎた緊縮財政にあると説く経済学者や政治家は少なくありません。
財務省にとっての「手柄」は予算を削り、税収を増やすことにある、という見方です。国民の豊かさよりも、省としての評価(プライマリーバランスの黒字化など)を優先しているのではないかという疑念が、批判の根底にあります。
予算の配分権(査定権)と、国税庁を外局に持つことによる「調査権」を併せ持つことで、政治家さえも財務省の意向に逆らえなくなっているという指摘です。本来は政治が決定すべき方針を、官僚がコントロールしている(官僚主導)という不満が根強くあります。
一方で、財務省側にも守るべき論理と、制度上の制約が存在します。
日本の債務残高がGDPの2倍を超える中、無制限の支出を認めれば、将来的に国債の信用が失墜し、猛烈なインフレや金利上昇を招くリスクがあります。財務省は、この「最悪のシナリオ」を防ぐための「最後の砦」としての自負を持っています。
財務省はあくまで予算の案を作る組織であり、最終的な決定(予算の成立や増税の判断)は国会、つまり政治家が行います。批判の矛先が財務省に向かうのは、政治が責任を取りきれない部分を官僚が「悪者」として引き受けている、という側面も否定できません。
私自身、高槻市議会議員として活動する中で、国の予算が地方にどう降りてくるかを注視しています。財務省の「査定」が厳しいことで、必要な事業が削られる現場を目の当たりにすることもあります。
しかし、重要なのは「財務省を叩くこと」そのものではなく、政治が確固たる経済ビジョンを示し、官僚を使いこなすことです。官僚はあくまで優秀な実務家集団です。彼らの知見を、国民の豊かさのためにどう誘導するかは、政治のリーダーシップにかかっています。
財務省批判の多くは、単なる感情論ではなく、日本の経済政策のあり方に対する深刻な問題提起です。実態としては、「財政健全化」という組織目標に忠実すぎるがゆえに、柔軟な経済対策を打ち出しにくい構造があると言えるでしょう。
今求められているのは、官僚をスケープゴートにすることではなく、データに基づいた透明性の高い議論を通じて、今の日本に本当に必要な投資が何であるかを政治の場で決めていくことではないでしょうか。
| 小森さだゆき | 参政党 / 高槻市議会議員
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