2025/8/6
こんにちは。兵庫県川西市議会議員の長田たくや(ながたく)です。
1945年8月6日に広島、9日に長崎にアメリカの原子爆弾が投下されました。被害に遭われた方々に、謹んで哀悼の意を表します。
昨年は、原爆に関するブログを書きました(参照:原子爆弾の仕組みと公開された覚書)
今日は東京大空襲について書きます。
■ 東京大空襲
1945年3月10日、東京を多数のB-29爆撃機が襲いました。それ以前にも、その後にも空襲はありましたが、被害人数が極めて大きかったのが3月10日でした。被害者数をまとめてみると、その規模がいかに異常であったかがわかります。

”3月10日の午後5時頃、マリアナ群島の米軍基地を発進したB29戦略爆撃機325機は、13,000発のナパーム焼夷弾を搭載して東京に向かいました。その狙いは、木と紙でできた家屋が密集する旧浅草、本所、日本橋を含む東部地区を焼夷弾攻撃で焦土と化すことだったのです。10日午前0時7分から午前3時まで続けられたこの大空襲で、およそ10万人の死者、11万人余りの負傷者、そして家屋の焼失約100万戸という惨劇が生じました。広島、長崎の原爆による被害にも匹敵するものです。”(東京大空襲資料館のホームページより引用)
空襲の範囲も非常に大きく、東京大空襲だけで41㎢、全体を合わせると焼失面積は約140㎢に及びました。これは東京23区の市街地の約半分、23区全体の約4分の1に相当します。

使用されたM69焼夷弾は、東京の町をいかに焼失させるかを研究して開発されました。

■ 原爆被害との比較
原爆被害の範囲は、次のとおりでした。
・広島:約13㎢
・長崎:約6.7㎢
これと比べると、東京大空襲がいかに広範囲だったかがわかりますね。
原爆による死亡者数は、次のとおりでした。
・広島:約14万人(1945年末まで)
・長崎:約7万人(1945年末まで)
原爆には放射線被害があり、遅発的に亡くなった方も被害者数に加えられています。
実戦での原爆使用は世界初であり、放射線という目に見えない被害の重大さから、唯一の被爆国として大きく取り上げられています。原爆による即死者数は広島で9〜10万人程度とされ、爆弾による直接的な被害としては、東京大空襲も「無差別爆撃」という戦争犯罪であることを忘れてはいけません。
■ 疎開の効果
硫黄島の戦い(1945年2月19日〜3月26日)は、東京大空襲の前哨戦のような位置づけで、この戦いがあったことで本格的なB-29の日本本土空襲が1〜2か月遅れ、結果的に、疎開や防空準備の時間を稼ぐことができたと考えられます。疎開をしていなければ、20万人以上が犠牲になっていたとも言われています。
参照:日本本土空襲と硫黄島の戦い
参照:The Impact of Urban Evacuation in Japan during World War II
参照:戦時下建物疎開の執行目的と経過の変容
被害者数と面積から、日本がいかにボロボロにされたのかがわかります。戦争にならないように抑止力をしっかりつけていく。そして国を守るという意識を国民がしっかり持つことが大切です。このような歴史からもしっかり学びたいですね。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
素敵な1日でありますように。
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