2025/2/28
こんにちは。兵庫県川西市議会議員の長田たくや(ながたく)です。
こども家庭庁のホームページに、今年1月17日付で三原じゅん子大臣の名前で以下の内容が掲載されていました(リンク)。
旧優生保護法に基づく優生手術等の被害を受けられた方々へ謝罪いたします。
「なんぞこれは?」と思ったのですが、本日の定例議会における一般質問で、公明党の大崎議員がこの件を取り上げており、遅ればせながら私もそこで知ることになりました。具体的な補償内容は以下のとおりです。

■ 優生保護法について
「優生保護法」と聞くと、なんだか映画や漫画に出てきそうな名前ですが、実際に1948年(昭和23年)から1996年(平成8年)まで存在していた法律です。1982年生まれの私にとっては、身近に該当者もおらず、正直まったく実感がありませんでした。
優生保護法の目的(当時)
1.優生思想・優生政策の見地から不良な子孫の出生を防止
2.母体保護のための人工中絶
この目的達成のため、以下の制度が盛り込まれていました。
・強制不妊手術(優生手術)の実施
・人工妊娠中絶の合法化
・受胎調節の推奨
・優生結婚相談の増進 など
優生保護法成立までの経緯を詳しく知りたい方は「旧優生保護法の立法過程」(リンク)をご参照ください。
■ 歴史の流れ
1930年代:学術的研究
当時の学術団体や研究会などが「優生政策」を議論していました。
当時の新聞には、"悪疾者の根を絶やして民族の正しき血を護れ"の久しい叫びを「断種法」として実践にしようと、日本民族衛生協会(東大医学部長 永井潜博士)が中心となり研究に着手した、と掲載されています(リンク)。
当時はアメリカ、スイス、ドイツ、カナダ、デンマーク、スウェーデン、ノルウェーなど多くの国でも類似の法制度が導入されており、日本だけが特殊だったという世界観ではありませんでした。
1940年:国民優生法
ナチス・ドイツの「遺伝病子孫防止法」(1933年制定)を参考に制定。
1948年:優生保護法
敗戦後、GHQから「ナチス的だ」と批判を受け、母体保護を強調した法律へと改正。強制不妊手術に加え、人工妊娠中絶も可能となりました。
1996年:母体保護法
優生思想に基づく箇所を削除し、「母体保護法」と改正されました。
■ 女性初の国会議員
優生保護法と聞くと男性主導の法律というイメージを持ちがちですが、母体の人工妊娠中絶を推進した1人は、実は女性初の国会議員・加藤シヅエ氏でした。GHQの要請で立候補したともいわれています。
■第1回国会 衆議院 厚生委員会(昭和22年12月1日)より(リンク)
○加藤シヅエ君 この優生保護法案は、他の多くの法案と違いまして、議員提出であるということ非常に意義があると存じます。
御承知のように、戰爭中に國民優生法という法律が出ました。これは名は優生法と申しておりますけれども、その法案の律案の精神は、軍國主義的な、生めよ殖やせよの精神によつてできた法律であることは、御承知の通りであります。そうしてその手續が非常に煩雜で、實際には悪質の遺傳防止の目的を達することが、ほとんどできないでいるということは、この國民優生法ができてから今日まで、實際どのくらいの人がこの法律を利用したかという報告を見ますと、よくわかることでございます。
■ 優生保護法の問題点
母体保護の目的があったとしても、結果的に以下の重大な人権侵害が起きました。
・1950~1970年代を中心に約25,000人が不妊手術を受けた
・そのうち約16,500人は本人の同意なしに強制的に手術(リンク)
・詳しい説明がない、本人に選択権がないケースが多かった
・未成年や10代の若者も対象(最年少で9歳との報告あり)
・障害のある女性が特に多く被害を受けた
現在、救済のための申請窓口は兵庫県に設置されています。
■ 裁判の経過
1997年頃:
母体保護法への改正後、被害者が声を上げ始めるも「合法だった」との理由や記録不足が障壁となる。
2018年:
宮城県で知的障害のある女性の記録が見つかり裁判開始。以後、全国で訴訟が広がり、2024年3月までに39人が国を提訴。
(争点)
・旧優生保護法は憲法違反か?
・損害賠償請求権は時効消滅するのか?
2019~2023年:
地裁・高裁で「憲法違反」の判断は出るが、賠償を命じる判決は少数。多くは「20年の時効消滅」と判断。
2024年7月3日(最高裁判決):
・旧優生保護法は違憲と初めて認定
・時効を適用せず、国に賠償責任を認める
・国家賠償として1人あたり1,500万円を支払い命令
(時効が無効とされた理由)
・1996年まで法律の下で実施され、損害賠償が現実的に不可能だった
・法改正後も国が補償制度を整えなかった
参照:旧優生保護法国賠訴訟の最高裁判所大法廷判決を受けて、被害の全面的回復及び一時金支給法の改正を求める会長声明
■ 当時の教科書と優生保護
優生保護法は教科書にも記載されていました(リンク)。
「優秀な人々の生活が国家的に保護されて ~ 素質の劣悪な人々に対しては、できるかぎり優生保護法の名において、受胎出産を禁止することが望ましい」(昭和34年 高等保健体育 改訂版)
「遺伝性の病気、~、優生保護法によって、子どもを産まないようにすることが望ましい」(昭和48年 家庭科)
当時の価値観では、優生保護という考え方が広く浸透していたということです。
■ 所感
1950~70年代のカルテは手書きで、今どこまで残っているのか。被害者が実際にどれだけ証明・救済を受けられるのかは大きな課題です。
人権侵害であることは明らかですが、当時の世界情勢や経済状況、死生観・家族観を考えると、その時代なりに真剣に導き出した政策だったとも感じました。
ブログで取り上げたハンセン病も、学術的判断ミスが結果的に人権侵害につながりました。これはコロナ禍、特にmRNAワクチン接種政策にも通じる構造ではないでしょうか。
「当時は仕方なかった」「命を守るためにやった」と正当化しているのは、当時の優生保護法を正義のために成立させた人達と同じではないでしょうか。30年後に「人権侵害だった」「時代遅れなこと繰り返してはいけない」と批判されるかもしれませんよ。
しかし当時、「それはおかしい」と声を上げた人々も確かに存在しました。その勇気を語り継がねばなりません。
歴史を学ぶことで、見直すきっかけとなりました。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
素敵な1日でありますように。
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