【なぜ私は、議員を目指したのか】

ありがたいことに京都大学で学ばせてもらったのですが、そこに進学できたのは、決して自分ひとりの力ではありません。
南風原で出会った方々に、背中を押してもらい、応援してもらい、育ててもらったからこそ、進むことができました。

だから学生の頃からずっと、「いつか地元に返したい」「学ばせてもらったものを、南風原や沖縄のために活かしたい」という思いがありました。
京都で学ぶ中で、自分が沖縄のことをまだ十分に知らないことにも気づきました。
沖縄の歴史、社会、地域の課題。学べば学ぶほど、「沖縄のために、南風原のために、自分に何ができるだろう」という思いは強くなっていきました。

もともとは理学部数学科で、教員を目指していました。けれど、社会のこと、地域のことを学ぶ中で、関心は教育だけにとどまらなくなりました。
社会科学、まちづくり、NPO、政治。社会をより良くする方法は、一つではない。そう考えるようになりました。

沖縄に戻ってからは、まず教育の現場へ。塾講師として、生徒たちと向き合ってきました。

ただ科目を教えるだけではなく、これからの社会はどう変わるのか。自分はどう生きていくのか。地域や社会とどう関わるのか。
そんな問いを、生徒たちと一緒に考えてきました。

生徒たちに、「社会は変えられる」「未来は自分たちでつくれる」
と伝えるほどに、自分自身にも問いが返ってきました。
自分は、実際に動いているのか。
子どもたちに見せられる背中でいられているのか。
だから私は、語るだけでなく、自分自身も行動することを選びました。

その先に、地域での実践やNPO活動があり、そして、議員としての活動があります。
私が大切にしてきたのは、地域で動くことと、政治の場で変えること。
地域の現場には、政治だけでは見えない声があります。
政治の場には、地域だけでは届かない課題があります。

だからこそ、地域実践と政治実践を両輪に、社会を変えていきたいと志してきました。
南風原に育ててもらったからこそ、今度は私が、地域の未来に返していきたい。

子どもたちの可能性を広げたい。地域で頑張る人を支えたい。住民の声が町政に届く仕組みをつくりたい。

一緒に、南風原の未来をつくっていけたらうれしいです。
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