2026/9/1
大野九郎兵衛。
忠臣蔵の物語上は、忠臣大石内蔵助と対立し、自らの利益のみを図り赤穂浪士と対立した不忠の典型とされる人物である。
実は、この九郎兵衛、異説として「大石らが討入りに失敗したときのことを考え、山形県の板谷峠にて木こりに扮して第二陣として潜伏しており、大石らの討ち入りを聞いて自害したという……板谷峠には佐藤という米沢の旅籠屋が建立したという大野のものと伝わる石碑があり、米沢市観光協会による説明板が置かれている。吉良の実子で出羽米沢藩の第4代藩主上杉綱憲の所領へ落ち延びた際に備え、峠に潜伏したが吉良方に斬殺されたなど複数の由来伝承がある」(以上Wikipedia「大野知房」参照)のだ。
今回、墓参りに際し、その山形県板谷峠の大野九郎兵衛自刃伝承碑所在地に行ってみた。そこまでの道程は江戸時代そのままの山道で、何度も崖から車が転落しそうになったがな笑。
大野かあるいは赤穂藩関係者が、この地で何らかの工作を営んでいた可能性は否定できないのではないか。歴史には、正史のみならず、地域集落に伝承として残る物語に、必ず真実が隠されている。
そのような伝承から歴史的真実を明らかにすることが凄く楽しい‼️山道の崖から落ちそうになっても、車がボロボロになっても、これからも研究活動を続けていこう😊

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