2022/4/4
江戸川区「篠崎」の名前の由来・歴史
(金井たかしの「江戸川区情報」)
現在住んでいる「船堀」、そして、以前住んでいた「瑞江」と「西一之江」について地名の由来を調べて、ブログとして掲載しましたが、その続きで、他に以前住んでいた「篠崎」の地名の由来・歴史についても調べてみたいと思います。
この点について、インターネットで調べると、江戸川区の公式サイトが見つかりました。
『えどがわ地域情報局 東部地区』「東部地区の紹介」
https://www.city.edogawa.tokyo.jp/e036/kurashi/chiikicommunity/johokyoku/tobu/arekore.html
ここでは、以下のような説明がありました。
「地名の由来」『篠崎』
「地名「篠崎」の由来は、「砂州上の土地でしかも篠竹の茂っていた土地」と考えられています。篠とは、細く小さくて群がって生える竹や笹の総称です。1300年代の文献に、上篠崎、下篠崎という地名が書かれています。江戸時代の上篠崎村、下篠崎村の原形がすでにあったものと考えられています。」
また、篠崎の地名の由来について、書籍で「篠、竹や笹が繁っていた所」金子勤『東京23区の地名の由来』30頁(幻冬舎 2016)との説明もありました。
『御朱印・神社メモ』「篠崎浅間神社 / 東京都江戸川区」では、浅間神社の説明の中の「篠崎村の歴史と由来」で以下のような説明がなされています。
https://jinjamemo.com/archives/post-18427.html
「古くは「伊勢神宮」の御厨「葛西御厨」の篠崎郷があったと伝えられ、「伊勢神宮」遥拝のために建立されたのが「神明社」(現・当社の境内社)である。そうした地において古くから人の定住があり、当社は篠崎村の鎮守として崇敬を集めた。」
このサイトでは「葛西御厨(かさいみくりや)」の篠崎郷があったことの説明がなされていて、浅間神社が篠崎村の鎮守であることが説明されています。
(「葛西御厨」についてはhttps://www.city.edogawa.tokyo.jp/documents/9196/1-08.pdf に説明がなされていて、約600年前の応永5年(1398)の『葛西御厨田数注文』という文献に「上篠崎」「下篠崎」という郷の名称が出てきています。)
篠崎に住んでいた時期には、篠崎の鎮守である浅間神社に何回も参拝していましたが、篠崎の地名も本当に古いもので、歴史あるものと思います。
(金井たかしのプロフィール https://go2senkyo.com/seijika/180638)
「金井たかし 江戸川区の政策研究(金井たかし公式HP)」 (東京都江戸川区)
弁護士 金井高志(金井たかし)
(江戸川区在住 弁護士 武蔵野大学[江東区]法学部・大学院教授)
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