2025/4/30
金井たかし(高志)の「江戸川区情報」江戸川区議会議員・弁護士・行政書士
ルンビニー学園幼稚園卒・江戸川区立下鎌田小学校・瑞江第三中学校卒・都立両国高校卒(金井たかし(高志)のその後の経歴プロフィールを見る)[「たかし」は「高い志(こころざし)」と書く「高志」です。]
以前に小松川の地名の由来について調べてブログ(江戸川区「小松川」の地名の由来 2022/4/10)を書いています。
日頃、江戸川区の西側地区の地図を見ていて、小松川、東小松川、西小松川町(にしこまつがわまち)の位置関係について不思議に思っていることがありますので、少し調べてみました。そこで、ブログを書いておきたいと思います。
荒川の西側に小松川があり、荒川の東側に西小松川町と東小松川があります。私の感覚であると、西側に西小松川町、真ん中に小松川、そして、その東に東小松川がある、という位置関係を思い浮かべてしまいます。そこで、どうしてこのような位置関係にあるかについて気になりました。
まず、「小松川」という地名は、小松村(現在の葛飾区新小岩付近)を水源とし中川に注いでいた小松川という河川に由来します。中世、この地域には「東小松川村」「西小松川村」という地名が登場し、広範囲が「小松川」と呼ばれていました。
1889年(明治22年)の町村制施行で、南葛飾郡の逆井村・西小松川村・東小松川村が再編され、小松川村・松江村・船堀村・平井村が成立しました。
その後、1914年(大正3年)の荒川放水路開削に伴う町村再編により、小松川村・船堀村・平井村は廃され、それらの区域の一部を松江村と奥戸村(現葛飾区)に編入し、その他の区域をもって(小松川村の一部と平井村の一部)「小松川町」が誕生しました(江戸川区史 通史編(第1巻)844頁)。
この「小松川町」の範囲が現在の江戸川区における「小松川地域(地区)」とほぼ一致し、その中で旧小松川村の領域が現在の「小松川」とされています。
旧小松川村の領域の広い部分を占めていた放水路以東は、上で解説をしておいたように、松江村に編入されたのです。
放水路以東に現在もある東小松川・西小松川町の町名は、松江村に編入された旧小松川村(町村制以前の東小松川村・西小松川村)の一部であった名残りということです(ウイキペディア「小松川(江戸川区)」)。
なお、かつての「西小松川村」は現在の「西小松川町」よりも広い範囲を指していました。また、現在の西小松川町は、丁目の設定のない単独町名です。丁名設定がない地区は珍しいと思います。
以上のような経緯がいくつかのサイトを調べてわかりました。これからも地名などで気になったことを調べていきたいと思います。(筆者金井たかし(高志)のプロフィールを見る)
金井たかし(高志) 江戸川区議会議員・弁護士・行政書士・武蔵野大学法学研究所客員研究員(元 武蔵野大学法学部・大学院教授 元LINE(株)監査役)
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