2026/4/22
いつも温かいご支援をいただき、心より感謝申し上げます。
通常国会では予算が成立し、現在は各法案の審議が本格化しています。この多忙な時期ではありますが、私が政治家として、そして23年間介護の現場に身を置いてきた一人の人間として、どうしても避けては通れない、そして今こそ議論を再開すべきだと考えているテーマがあります。
それが「終末期医療」のあり方です。
私が初めて国政へ送っていただいた際、終末期医療に関する超党派の議員連盟が8年ぶりに開催されました。現場を知る人間として大きな期待を持って参加しましたが、残念ながら議論は深まらず、法案提出に至らぬまま、なし崩し的に終了してしまいました。
しかし、この問題は放置していいものではありません。他の先進諸国がすでにルール作りを行い、乗り越えてきたこの課題を日本が先送りし続けることは、現場の疲弊と、何より患者さんやご家族の苦悩を長引かせることに他なりません。
終末期医療の議論を始めると、必ずと言っていいほど「尊厳死」や「死生観」といった非常にデリケートな話と混同されがちです。もちろんそれらは大切な要素ですが、私が訴えたいのはもっと手前の、「医療のあり方」という次元の話です。
23年間、介護の現場で多くの方々の最期に立ち会ってきました。過度な延命治療が、果たしてご本人の望みなのか。チューブに繋がれた姿を見て、ご家族は本当に救われているのか。「誰のための、何のための医療なのか」という問いに、現場は常に自問自答しています。
終末期における医療の質を見直すことは、決して「命の選別」ではありません。
患者・家族のQOL(生活の質)向上:本人の意思が尊重され、苦痛が取り除かれた納得感のある最期を実現する。
医療費の最適化:過剰な医療から、心のケアや緩和ケアへとリソースをシフトすることで、結果として膨らみ続ける医療費の抑制にも繋がります。
質の高い医療を提供することが、国民の幸福度を上げ、同時に国の財政的な持続可能性を高める。この両立こそが、政治が果たすべき責任です。
国会が落ち着きを見せた折には、私は再び終末期医療議連の再稼働を働きかけていく決意です。
これは政治家だけで決められることではありません。私たち日本人が「死」や「最期」をタブー視せず、社会全体で意識をアップデートしていく必要があります。
「どのような最期を迎えたいか」を誰もが当たり前に語れる社会へ。
現場の声を政策に反映し、真に患者さんとそのご家族が幸せだと思える終末期医療の確立に向けて、粘り強く取り組んでまいります。
兵庫1区 衆議院議員 一谷 勇一郎
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