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大阪ロマンボーイズ その16 恐怖のファミリーレストラン 後編

2026/7/3

 この店には毎日、1~2回くらい出前の注文が入る。恐らく大っぴらに出前を告知しているわけではないようなので常連さんだけに対応しているようだ。その出前の注文の内容が特殊だった。

「レストラン○○です」

「おう、コーヒー5杯とおしぼり50本、急ぎでもってこい」

「おしぼり50本もですか」

「そや、500本やないで、たったの50本でええぞ」

「どちらへお持ちしますか」

「ここへや」

5の倍数が流行っているのだろうか。住所が「ここ」なんていうことがあろうものか。全く状況が理解できないままに電話を切られてしまった。どうすればよいのかわからないが横田さんにそのことをとりあえず伝える。

「オーライ!そいつはイージー!店を出て100メートルほどゴーしたところを左に曲がって3件目のホーム、1階が駐車場になっているからルック、その隅にある小さな階段から2階へゴーアップステア、インターホンを押したらドアがハッピーオープンするから中にインしてそいつを置いて来てくれ、ただそれだけでフィニッシュだ」

「お代はどうすれば良いですか」

「余計なマネーはするな、ってんだ」

「いらんのですか」

「インポッシブル!」

なんていうことだ。お代がもらえないとわかっている出前って意味がわからん。横田さんが自分の愛車である「キャデラックの横田号」を使えっていうから見に行ってみた。そこにあったはキャデラックのエンブレムが付いた自転車だった。自転車には左右に補助輪のようなものが付いており、ハンドルと補助輪が鋼のカバーのようなものでおおわれており、そのカバーには金色をメインにド派手な装飾が施されて、その様はまるでデコトラならぬデコチャリであった。「こんなハズいチャリに乗れるかいな」とは思ったが、おしぼり50本やグラス5セットとコーヒーの入ったポットは結構な荷物になったので恥を忍んで横田号を使った。横田号の前と後ろのかごに荷物を積んで補助輪付きのチャリを走らせると装飾として付いていた色とりどりの豆電球が点灯した。どうやら車輪を漕ぐと自家発電するようだ。車道を走って追い抜いていく車のスピードがいちいちゆっくりになる。車の中から俺を覗いているのだ。恥ずかしいったらありゃしない。

所謂〝ここ″には2分くらいで到着した。建物に表札はない。横田さんに言われた通りガレージの隅にある細い階段を荷物を持って上がって行く。丁度、俺が上がり切る頃にインターホンを押すまでもなく自動ドアのように手動のドアが開いた。建物の中に入って驚いた。‶ここ″とは紛れもなく‶やくざの組事務所″だった。内部は外見からは想像できないほど奥行きがあり広かった。事務机が2台くらいあり防犯カメラのモニターが設置されていた。その奥には高級そうな応接セットが3つ並んでいてまばらにバランスよく組員とおぼしき御仁が鎮座していた。そして、外からは人の気配は感じなかったが中には思った以上に多くの人がいた。恐らく10人近くはいたと思う。正面の壁にはまるで遺影のよう写真が額に入れて飾られている。写真には紋付き姿の親分とみられる人物が収まっている。その横には有名な山菱の代紋がデザインされた額が並ぶ。反対側の壁には立派な注連縄と割暖簾が目を引く神棚が置かれている。渡世も任侠もつまるところ神頼みなのだろう。その気持ちだけは察する。‶やくざの組事務所″は世間の想像通りのものであった。不思議なことに怖いという圧迫感はあまり感じなかった。

「お待たせしました。コーヒーをお持ちしました」

「おう、こっちこいや」

カップを並べてコーヒーカップにポットから注ごうとすると

「入れんでええ、あとで自分がするさかい」

「そうですか、ではこちら、おしぼり50本とコーヒーです」

「ちゃうわ、コーヒーとおしぼり50本やろ」

余程、暇なのか、聞き逃さない。

「さよですか、すみません」

「あんなぁ、それとなぁ、お前なぁ、コーヒーを持ってくる時はなぁ、熱々にしてこんとあかんぞ、火傷するほど熱々にしてこんとなぁ」

「火傷するほど熱々にしたら、火傷しはるでしょ」

「火傷した時はした時やないかい」

少しはにかんで承知しましたと返しておいた。やくざの実態が何屋さんなのか俺は知らないがピリピリとした雰囲気では決してない。おしぼりと見せかけて俺が拳銃を持ち出さないとも限らないのに。いや、間違っても俺が拳銃を持ち出す可能性は1ミリもないな。捕らぬ狸の皮算用ってやつか。

 横田さんを問い詰めて分かった。俺がバイトに行っていたレストランはやくざの直営レストランだった。それから約1カ月後、俺は‶黒く塗りつぶされる″前にそのアルバイトを辞めた。だが、やくざの組事務所には数日間で10回以上コーヒーやオムライスを配達した。おしぼりに至っては延べ500本以上を配達した。もちろん、キャデラックの横田号で。

せっかく組事務所への出前にも慣れて来ていたのだが、慣れてしまってはいけないという理性が残っているうちに辞めることにした。その時から30年が経つ。かつてのやくざの組事務所の建物はそのまま残っているが既に持ち主は変わっていて組事務所ではなくなっているそうだ。そして、既に組事務所ではないにも関わらずカチコミ、所謂、拳銃での襲撃があったという報道が最近テレビで流されていた。俺は横田さんがビッグになって、尚且つ、無事にヤザワしていることを願っている。ガソリンのいらないキャデラックに乗って、片手にピストルの代わりに小ぶりなステーキナイフを持ってオラつく横田さんはある意味、偉大な存在なのである。

#大阪ロマンボーイズ #坂本雅彦


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坂本 雅彦

坂本 雅彦

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肩書 作家 学者 参議院議員政策担当秘書
党派・会派 無所属
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