2026/4/24
おレンジにレンジが来た。

大学に入ってすぐに野球同好会の甲南ベースボールクラブに入会した。そして、そこで出会った同い年のマネージャーである裕子と交際していた。比較的背の高い裕子が小柄な俺と並ぶと、‶かぼちゃワイン″のようでみっともないなと俺は思っていた。裕子は丸い布袋様顔でいつもニコニコしていておっとりしているような印象を持たれがちな女性だが実際はなかなかのしっかり者だった。大学は俺とは違い京都産業大学に通っていたので生活圏は随分と遠い。それでも裕子はしばしば西宮の殺風景な俺の部屋にやって来た。手持ちの小さなラジカセで俺は長渕剛や吉田拓郎を好んで聞くのだが裕子はX JAPANを良く聞いていた。嗜好は相当違うがそれはそれで結構楽しい。部屋にはラジカセと小さなテレビとちゃぶ台くらいしかない。ギターはあったがとても爪弾ける環境ではない。電話だけは奮発して設置していたが友人もそんなに多くはなく、話し相手は裕子か高校時代の連れぐらいだった。
野球の無かったある日、裕子が俺の部屋に来ていた時のことだ。夕方くらいだっただろうか、俺の部屋に続く階段の下に設置されていたブザーが鳴った。テレビにかじりついていた俺は何気なく裕子に何の用か見てきてくれるように頼んだ。裕子はそそくさと階段を下りて行ってドアを開けた。その時である。二階の畳の上に胡坐をかいていた私の耳に〝ドターン″という鈍い音が飛び込んで来た。裕子の声も訪ねてきた者の声も聞こえない。何が起きたのかと不審に思い2階のガタガタいう木製の窓を開けて階下を見下ろした。その時、俺の目に飛び込んできたのは・・・・、左足を引きずって徐に歩き去る俺の親父の後ろ姿だった。どうやら親父は何も家財道具を持っていない俺に電子レンジを差し入れに来たようだった。そして、裕子のことなど何も知らずブザーを鳴らして開いたドアの向こうから若い女性が現れたのだから仰天してしまったようだ。両手で持っていた電子レンジをそのまま落下させてしまい、しかも、運の悪いことに自分の左足の甲の上に落ちてから地面に転がったというのだ。裕子も俺の親父の顔なんて知る由もないから、あっけにとられるばかりで何も言えなかったようだ。それはそれでしょうがない。何より裕子は親父より一回り大きい。大きいと言ったら裕子に失礼か。親父は裕子より一回り小さい。開いたドアから俺が出てくると思ったら自分より大きな裕子が出てきたのだからおったまげたのだと思う。迫力満点だったのかもしれない、というと裕子は怒るだろうが、でも、たぶん、そうに違いない。
後日、親父から聞いた。その時に電子レンジが直撃した左足の親指の付け根の骨は折れていたのだと。そんなわけはない。親父はとぼとぼではあるが歩いて帰って行ったし、翌日も休まずに普段通り工場の仕事に行っている。単に冷静になってから酷い痛みが親父の左足を襲っただけであろう。親父の左足に直撃してワンクッションあってから地面に落ちたおかげで電子レンジは多少の擦り傷は付いたものの無事だった。親父は痛い目にあってしまったが、電子レンジは九死に一生を得た。電子レンジの差し入れは俺の生活を少し文化的にしてくれたのだからありがたかった。
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