2026/4/18

聖橋から地下鉄丸の内線の車両が通過するのを観ていたらふつふつと「今じゃないか?」という思いが湧き上がってきた。
そう! 今こそ!

【鹿島神宮の要石に会いに行く時じゃないか!?】
鹿島神宮の要石は、地震を引き起こす大なまずの頭を押さえているとされる霊石。
水戸光圀公(水戸黄門)がその深さを確かめようと、7日7晩にわたり多くの人夫を使い掘り返させたけれど根底に辿り着けず、
不思議な出来事も続いたため、
最終的に断念した、という伝承も残っています。
そうして鹿島神宮に行き、要石を観た時から、なぜか溢れてくる思いが止まらず…
《以下 徒然なるままに 映画「すずめの戸締まり」考》
日本神話始まりの地とされる宮崎県から始まり、日本列島を北上していく物語。
導き手であるダイジンは、すずめを東日本大震災の被災地である岩手県へと誘う。
扉を閉めるときに見える、その土地に積み重ねられてきた営み。常世を垣間見ることができ、さらに要石を抜く力を持つ
岩戸鈴芽(すずめ)は、神に対峙できる特別な存在なのだと改めて認識。
「大事な仕事は、人から見えない方がいいんだ」
とは、草太さんのセリフ。
閉じ師という仕事は決して表に出るものではなく、評価されることもない。
それでも誰かの暮らしを守り続ける存在。
だけど要石になるということは、それ以上に覚悟のいること。
閉じ師よりもさらに大きな力を必要とし、
しかもその役割は誰にも知られず、称えられることもない。
それでも要石として在り続けられるということは並大抵の力では困難であること、間違いない。
すずめは草太が要石になるのを防いだけれど、
要石には要石にしかできない役割がある。
それは閉じ師の仕事より、もっと根源的で大切なもの。
一度はネコとしてこの世に戻ったダイジンは、最終的には自ら要石であることを選ぶ。
「気まぐれは神の本質だからな」
これも草太さんのセリフだけれど
最終的なダイジンの選択には、
神としての「気まぐれ」だけではなく、
覚悟のような、強い意思を感じられた。

作中に描かれる御茶ノ水駅周辺、聖橋の風景。
近くには湯島聖堂(儒教)
東京復活大聖堂(キリスト教)
そして神田明神(神道)が並び立つ。
異なる信仰が共存する土地に「後戸」がある
という設定にも、深い意味を感じた。
映画「すずめの戸締まり」は、
ただのロードムービーではなく、
見えないところで人々の暮らしを守っている存在への祈りの物語だと感じる。
「君の名は。」「天気の子」「すずめの戸締まり」
共通して描かれているのは、
「本当に大切な、人々の暮らしを守る営み」は
人の目には触れず、知られることもほとんどない、ということ。
そして、
人と人との出会いが、その営みの原動力となっていること、だと感じている。
#鹿島神宮 #要石 #すずめの戸締まり #聖橋
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