2024/7/5
「じっくらあと」とは、 「のんびりとゆっくりと」という石川県の方言
輪島市の3階建ての建物、1Fにごちゃまるクリニック、2F.3Fがじっくらあとである。
そもそも、労働金庫の建物だったが、現在は、輪島市の建物、譲渡(⁈)されたのかどうか、詳細はわからないと話すのは、じっくらあとの事務局長の小浦明生さん。三重県から移住している地域おこし隊の方。
じっくらあと ティーンズの居場所ができた経緯
1Fの小児科医の小浦詩さんがこの法人の代表
輪島市では、当時、学校の統廃合が進み、中学校が2項から1校に、高校が2校から1校になった。輪島市は、漁師町。不登校率の全国平均より高い。一度、つまずくと、リカバリーできず、つまずきのあるこどもは、学校での居場所がなくなり、こどもから「輪島をでたい」という声もあった。なぜ、中学生が自殺したのか、おとなは、わからなかった。
薬局のカフェ、うみの公園、スーパーのドリンクコーナー、自分の家か友達の家、それが学校のほかのこどもたちのすごす場だった。家に帰っても、オンラインでつながっていないと不安になる。
そこで、輪島市福祉部に相談したら、2F.3Fの家賃、光熱費も無料で借りることができ、月に1度報告している。市から制約は特になかったが、建物の構造上、不特定多数を呼べない。また、営利目的には使用できない。それぐらいらしい。
2022年4月、日本財団より建物の改装費や3年分の維持費を支援してもらえることになった。
2023年夏に着工し、2023年12月24日にオープン。
2024年元旦に被災。1.2月は修繕。3月16日から再開した。こどもの居場所としては、石川県下では、一番広いスペースである。
どんな場所にしたいかは、ティーンズ会議で意見をきく
震災で、校庭は、仮設住宅が建てられ、家に帰っても、仮設住宅は狭く、勉強するスペースもない。自分の居場所の確保が難しい。こんなときだからこそ、こどもの居場所は、ティーンズがすごしやすいよう、意見を出し合う、そして、それが形になるということがとても重要となってくる。
能登半島地震から半年、ふりかえると
●小学4年から高校生が対象だが、小学5年生が多い。
●中学生は19時から21時の利用が多い。15.6人が毎日利用している中学生は男子が多い。高校魅力化プロジェクトメンバーがテスト勉強対策をすると、高校2年3年も参加者が多くなった。
●こどもは思っている以上に元気。こどものつぶやきを傾聴する。話をきいてくれる場があればよい。別にこどもはおとなに解決を求めているわけではなく、受け止めてほしいと思っている。
・仮設住宅に引っ越すと、遠くなるからもう通えない。
・家族と一緒に自衛隊のお風呂にいくからもう帰らなくちゃ。
・進路の選択の迷い。親のことを考えたら、進学してよいのか。
小浦事務局長は、昔のこどもは、「みちくさ」をし、いろいろ自然に触れ合えたり、体験ができた。自然にふれ会えない田舎ってなんなんだろう。「みちくさ」も大事にし、地域で若者を育てたいと話していた。
では、どんな居場所なのか、写真で紹介。あっ、木更津市の考えている市民交流プラザと似てるかなとおもうかもしれないけれど、根本的に違うと思う。
まず、ここは無料。
ティーンズが主役。どんな居場所にしたいか、定期的に「わじまティーン会議」を開いている。
木更津市の場合は、
指定管理を考えている。
市民というくくりであり、ティーンズ限定ではない。
施設利用は有料を考えていそう。
こんなの用意しました。さぁ、使ってくださいという感じ。
子どもの話を傾聴する場にはなりえそうもない。
事務局長の小浦さんとじっくらあとの玄関前で。
コミュニティカフェスペース
漫画図書室の書庫の写真、うまく撮れず、残念。
こちらは自習室
3Fに行きまーす。
プレイルーム
ビリヤードがあった。
運動室は、鏡があった。ダンスをするんだって。
和室もありました。
そして、これ。防音完備の音楽スタジオ
カラオケする中学生がいる。まだ、バンドをつくって利用という学生はいない模様。
どう?
いいよねー。楽しそう。こんな居場所。
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