2026/8/3
7月会議の2日目の議会は、いつもと同じように始まった。新人議員の6人にとっては、初めての議案審議だった。2人の新人議員が質疑に立った。後で聞くと、日曜日だったが課長に連絡をとって、電話でヒアリングを行ったようだった。質疑に必要ならきちんと確認をするのは立派だと思った。どんなベテランの議員であっても、ヒアリングをしておかないと、質疑がうまく行かないことはある。質疑は知らないことを聞く場合もあるが、調べた上で、深く事実を把握し、その上に立って議論をすることが基本になる。
今日の議案は、すべて全員賛成で可決された。
この基本から外れると、火傷する場合がある。議員の仕事は事実を踏まえて判断するところにある。それは、議案の一つ一つに対し判断するということである。政治的な判断の連続。ここに議員の仕事の中心がある。普段なら曖昧にし、やり過ごしてもいいことに対しても、是か非が問われる。
ぼくは、この4年間を取ってみても、判断を誤ったなと思うことが3つあった。アクアイグニスの予定地まで水道を引き込んだ議案に対し、ぼくは賛成したが、これは本来なら、事業を行う企業が負担すべきものだったと思う。もちろん、町は、この引き込みに対して、引き込む必要性を説明し、その説明を聞いて議員は判断するということになる。
ぼくの後悔は、ぼく自身が判断を誤ったという認識に基づいている。町当局は、今も含めてこの引き込み工事は必要不可欠な工事だったという態度だ。議員は、議案が出されたらアンテナを張り巡らせて、多角的に検討し、短時間の間に是か非かを決め判断する。自治体の事業のほとんどは、住民の利益になるものであり、是々非々が問われることの方が少ない。しかし、100本の中にほんの少し、いくつかの議案には是々非々が問われるものがある。それを見極める責任は議員にある。
議員の判断の根底にあるものは住民主権だろう。住民主権とは何かということにも、深い哲学的問題はある。全ての町民が賛成、全ての町民が反対などと言うことは基本的にはあり得ないだろう。では、議員は何を根拠に、何に依拠して住民主権を唱え、反対したり賛成したりするのか。ぼくの場合は、住民主権を根底におき、客観的な事実と動的な視点(歴史的経過とその事業の発展的な見通し)によって判断することにしている。踏み込んで判断しなければならないので、調査に基づく確信がなければ反対はできない。
事業には経過があるから、振り返ると、あのときに反対したことが、極めて重要な意味をもつことがある。そのことも含めて議員には住民の代表としての責任がある。
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