2026/8/18
『宮崎・延岡市、防災力強化へVR活用 若者らの当事者意識高める』日本経済新聞まちの未来図。宮崎県延岡市は最大震度7を観測した7月の熊本地震で、震度5弱を記録した。南海トラフ地震では最大高14メートル(沖合30メートル地点)の津波の被害が懸念される。市は地域防災力を強化するため仮想現実(VR)を活用し、若者の当事者意識を高めている。「緊急地震速報 強い揺れに警戒」。メッセージが流れると自分のアバター(分身)がいるスマートフォン画面の映像が激しく揺れる。収まると大津波警報のサイレンが鳴り、アバターを操作して急いで避難所へ向かうと。いずれ、防災強化に繋げればと思う。
さて、ミンミンゼミが合唱している中、当二俣神社を参拝。石碑に、延長五年(927)編輯の延喜式神明帳に登載されている由緒ある延喜式内社であり、桃生六座の一つである。古くは大森村上辻堂青ヶ崎(現在の梨の木)に 鎮座している。当時の神社境内は広く大樹に覆われ鬱蒼としていたと伝承されてい る。祭神は八衢比古神、水戸神、八衢比買神、船戸神、の四神を祀り明治5年11月には旧大森村神社に列っせられた。ついで同41年12月旧三輪田村村社尾崎神社宇迦御霊神、須佐之男神、旧東福田村村社誉田別神旧北境村村社宇迦乃御魂神 旧大森村五十鈴神社、辻堂稲荷神社、その他無資格社を合祀した。そしてすでに明 治22年4月に当時の四ヶ村が合併して誕生した新制二俣村の村社として遇せら れた。その後明治44年3月に梨の木の旧社地から現在地の三輪田字尾崎前二番地の尾崎神社跡地に移転し現在に至っている。移転後に一度、昭和3年11月に新築されたがそれが現在までの社殿。続いて、「寛永六年文書」が大森城と竹浜の重要性のことで、お盆に竹浜で伺ったが、気になり再び「大森城跡」へ。大森城が山内首藤氏が滅亡したのちは葛西氏へ。そして、葛西晴信が幼少期に居城、牡鹿半島を抑える戦略的拠点のように映る。竹浜から砂金が産出された記録があり、伊達氏以前の葛西氏の時代から砂金採掘が行われていた可能性が示唆された。「寛永六年文書」は、金山経営、地域の支配構造、そしてそれに翻弄された人々の運命を浮き彫りにしたことをミンミンゼミが鳴く中、思いを深くした。移動して、やっぺすの柏原代表と混んだ。午後からは、23日開催予定の和み塾の打ち合わせなど懇談。TV観戦の高校野球試合準々決勝で、仙台育英 (宮城) 3 – 11 智辯和歌山 (和歌山)、花巻東 (岩手) 0 – 6 横浜 (神奈川)で東北勢2校が敗退。お疲れ様でした。
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アベ カズヨシ/66歳/男
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