2026/4/22
終戦80年以上を経た今も、戦争の後遺症は決して過去のものではありません。
先日も東区内で、第二次世界大戦中に投下された不発弾の処理が行われました。また一昨年には、宮崎空港で不発弾が爆発する事故も発生しており、これらを単なる過去の遺物として片付けることはできません。
名古屋大空襲をはじめ、当時の名古屋には、軍需工場のみならず市街地そのものを標的として、膨大な数の爆弾や焼夷弾が投下されました。その数は推計で約6万発とも言われています。さらに、不発弾となる割合も決して低くなく、5%から8%程度にのぼるとの説もあるほどです。
名古屋市では昭和42年以降の処理記録は把握されているものの、現在もどれほどの不発弾が地中に残されているのかは分かっていません。実際、近年も都心での発見が相次いでおり、いまだ油断はできない状況です。名古屋市では、不発弾処理に関して防災危機管理局が所管しています。市民の安全と安心を守るために私もしっかりと意を注いでいたいと思います。
地の底に残された火の記憶。不発弾は、今も脅威であり続ける残影です。それは、戦争が終わった出来事ではなく、現在へと続いている現実であることを、静かに、そして確かに伝え続けています。この瞬間も、そしてこの先も、私たちは平和の価値を、決して風化させてはならないのだと思います。
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ハットリ マサヤ/57歳/男
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