2026/8/16


昨日、今年で45回を数える「8.15戦争体験を語りつぐ集い」に参加してきた。
45回、毎年開催されてきたとすると、1982年、私が23歳の頃にスタートしたことになる。
戦争体験を風化させちゃならないとの思いで、集まりを継続してこられたみなさんのご苦労に心の底から敬意を表したい。
会場はたかまつミライエ6階の高松市男女共同参画センター学習研修室。
今年は、累計発行部数が国内外合わせて1000万部を超え、
映画、アニメ、ドラマ化などもされた漫画「はだしのゲン」
の誕生から現在にいたるドキュメンタリー映画の上映ということもあって、
会場は、主催者の心配をよそに開始時間前から席が埋まり、
イス席を追加するほどの盛況。
いかに多くの人がゲンに心を動かされ愛しているかがよくわかる会場の熱気だった。
私と漫画「はだしのゲン」との出会いは、
高校の倫理社会の先生が紹介してくれた半世紀前の高校時代にさかのぼる。
その先生からは、社会に対するものの見方を教わった。
同級生の多くが倫理社会の時間というと「内職」(他の教科の勉強)するなかで、
私は倫理社会の時間が訪れるのが楽しみだった。
文化的資源の乏しい環境にあった当時の私にとって、
「哲学的問答など何の意味があるのか」試験そのものは苦痛だったが、
身振り手振りを交えての先生の話には惹きつけられた。
「はだしのゲン」もその中で出会わせてもらったものの一つだ。
中学の修学旅行で広島平和記念資料館、長崎平和祈念像を訪れ
「ケロイド」や熱線にやられて一瞬で消えてしまって影だけが残っている跡などを見、
原爆の恐ろしさだけは感じていたが、
想像力の乏しい私にとって、
一発の原子爆弾が人々の生活に何をもたらすのか、
生き残った人々にどのような苦難が待ち受けていたか、
を想像するうえで大いに助けとなった。
そんな私のなかでの「はだしのゲン」に対する位置からすると、
その後「ゲン」が迫害される事態は我慢ならなかった。
「鯉を盗む描写は誤解を与える恐れがある」「浪曲が今の子どもにはわからない」「描写が過激」
などの理由で学校図書館での閲覧制限を求める声があがったり、
「被爆の実相に迫りにくい」からだという理由で広島市の平和教材から消えるなど、
私からしたら、難癖の部類を出ない。
作者である中沢啓治さん自身の原爆体験をもとにしたもので誇張でもなんでもないことは、
被爆体験された方々の多くが「このとおりだった」と証言されていることからしても十分じゃないか。
これだけ、被爆の実相を伝えるリアリティある漫画はない。
描写が過激かどうかについても、
読んだ子ども自身がどう受け止めているかが語られることなく、
一方的に大人が決めつけて主張されることがほとんど。
子どもの目に触れさせちゃならない不道徳な映像が巷にあふれるなかで、
それらと同等な扱いをされたんじゃたまんない。
中身こそ大事だということが多くの人たちの間で広がればいいなあと思う。
また、「間違った歴史認識を植え付ける」という主張も、
非常に政治的なにおいがする。
戦争体験者、被爆者がいなくなる中で、経験のない者が「あなただって経験してないでしょ」
と平気で「事実じゃない」と言い出す。
「あやまち」を過ちと認めたくない人間の性を感じるが、
過ちを認められないでは人間が獣から「人間」に進化していくことはないと私は思う。
集いのなかで、広島、長崎に原爆が投下された事実も事実じゃないと信じる若者に出会ったとの報告もあった。
フィクションが簡単に作り出せる時代状況のなかで、
あらためて戦争体験、被爆体験、人間の不都合な真実を伝えていくことの難しさを感じている。
こんな時代だからこそ、平和を継続させるためのアクションを試行錯誤を重ねたいと思う。
あらためてお伝えしたい。
「はだしのゲン」は私の中では不朽の反戦漫画だ。
まだ読んだことがない方は、是非読んでみてください。

今日はまた、午後9時からNHKが水木しげるさんの「白い旗」を放送してくれる。
自らの従軍経験から、戦争のありのままの姿を伝えてきた水木先生の
思いを感じれる時間を提供してくれたNHKに感謝したい。
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