2026/8/15

「(私は)当時の戦争の当事者とは言えない世代ですから、戦争の反省なんかしておりませんし、反省を求められるいわれもないと思っております」
私は耳を疑った。
今から31年前、
1995年3月16日の衆院外務委員会で、
いわゆる「不戦決議」に関する質疑の中で、高市首相がこんなことを真顔で言っていたのです。
これに対し、
河野洋平官房長官は
「過去の戦争について全く反省もしない、謝罪をする意味がないという議員のご発言には私は見解を異にする」
と退けました。
実はその前段もありました。
高市首相が初当選した翌年の1994年10月12日の衆院予算委員会、
先の大戦について「侵略戦争」を「謝罪」した村山富市首相に対して、
「勝手に代表して謝ってもらっちゃ困る!」
「50年前の当時の指導者がしたことを過ちと断定して謝られる権利が現在50年後にこの国を預かっておられる村山総理におありだとお考えでしょうか。」
と食ってかかったのでした。
村山首相(昨年10月、101歳で逝去)は
「日本の国の総理大臣としてアジアの国々に行けばそういうふうに被害を与えた方々に対しては大変申し訳なかったと、
その反省の気持ちを表わすのは当然ではないか。日本国民全体が反省する問題として私はやっぱり受け止めて過ちは繰り返さないようにする」
と穏やかに諭すような口調で返しました。
高市首相は首相になった今も考えは変わらないのでしょうか?!
高市首相とともに、勇ましい発言を繰り返すのは小泉進次郎防衛大臣。
広島と長崎の「原爆の日」を控えた7月17日、
インターネット番組に出演し、ジャーナリストの桜井よしこ氏とのやりとりの中で「核兵器」について、
「日本にとっては議論するのが難しい課題だが、触れざるを得ない一つは核だ」
「あらゆる政策をタブーなく議論し、進めなければならない」
5日後の7月22日にも、訪問先のベルギーで、
核戦力を増強するフランスなどEUの動向に触れながら「(日本も)タブーなく核兵器について議論すべき」と述べた。
さらに8月4日、
日本国民が、核廃絶に向けた決意を誓うヒロシマ、ナガサキの平和祈念式典を前にしても、
「昨日はこの動画を海上自衛官の護衛艦「ちょうかい」の館長以下乗員のみんなと一緒にみて、
トマホークミサイルの実射試験成功を喜び合いました。
是非ご覧ください。
これからも着実に日本の抑止力を強化し、平和を守り抜く決意です」とXに投稿しはしゃぐ。
さすがに
かつての自民党の重鎮や保守の論客も
“もはや堪忍なりがたし”と語りだしている。
亀井静香氏と古賀誠元自由民主党幹事長は雑誌の対談のなかで、
亀井「今の政権は防衛装備品だ何だと武器輸出の規制をどんどん緩めているが、
戦争を放棄している国が、戦争をする道具を外国に売って金儲けをするなんてどういう話なんだよ。
誰が考えたっておかしいのに、そこまで彼女(高市総理)はおかしくなっちゃったな。」
古賀「私もまったくおかしいと思うし、何より世界の国々に恥ずかしいですよ。
我が国は「9条をもって戦争をしません」と世界に約束してきた。
その平和の理想をあなたたちも学んでくれと頼んでこそ9条が生きてくるのに、
武器を売って儲けるなんて『一体何なんだ』と呆れられますよ。」
亀井「高市は評判が良いから、いい気になっている。日本のナチスになっちゃうぞ。
挙げ句の果てには、また悲惨な事態を引き起こす。
暴走を止める人間が、今の政権には誰もいなくなってしまった。
連立の相手もブレーキ役だった公明党から、よりタカ派の日本維新の会に代わっちゃっただろ。
斉藤(鉄夫・公明党前代表)は俺の修道高校の後輩だが、核や戦争に対して明確に反対していた。
公明党は正しかったよ。
今の若い先生方は自分が戦争に行く気もないのに、威勢のいい防衛論ばかり語りたがる。
自己矛盾もいいところだ。」
古賀「どれだけの軍事力を誇ったって抑止力にはならない。
他国に許せない指導者が出てきたら、戦争は起きてしまう。
今のアメリカと中東の関係を見てもそうでしょう。軍拡で平和が保てるなんて絶対にないんです。」
ノンフィクション作家の保阪正康氏は
「この人の中に歴史をきちんと見つめる目がない。
歴史をきちんと見つめていないからその時その時の状況主義者でしかない。
強い意見を言って国家主義的な意見を言って支持者との間に回路をつくる。そういうことをしてきた政治家。」
と高市首相を評する。
福田康夫元首相は
「もし戦争になれば自分たちがやるんだよとそういうふうな意識って持っているんですかね。
生々しい現実を突きつけられて初めて気が付いたというんじゃ遅いんです。」
と報道番組のなかで危機感を募らせている。
今年8月6日、広島平和祈念式典で、「こども代表」は「平和への誓い」のなかでこう述べた。
「私たちには、被爆体験を直接聴くことができる最後の世代として、当時の記憶を事実として受け止める使命があります。
目をそらさず、知ろうとすること。
悲しい現実でも向き合うこと。
そこには、「生きたかった人々」、「生き続けた人々」の思いがあります。
私たちには、広島のこどもとして、行動する責任があります。
相手の気持ちを想像し、意見の違いがあっても認め、受け止めること。
平和への思いを、自分なりの方法で表現すること。」
自分たちが被爆者とつながっている自覚がそこにはある。
8月9日、鈴木史朗長崎市長は、
「戦争という極限状況のなかで
自国の存亡を懸けた究極の判断を迫られたとき、
それでもなお『核のボタン』を押さないと誰が言いきれるのでしょうか」
「核兵器は『必要悪』ではなく『絶対悪』」
と核抑止論こそ非現実的で危険な幻想にすぎないと断じた。
こうした国民の決意に
高市首相は“我関せずとばかり”
「わが国は非核三原則を堅持しており、
唯一の戦争被爆国として、核兵器のない世界の実現に向けた努力をたゆまず続けていく使命を担っています」と
「今後も非核三原則を堅持して行く」とは決して口にしなかった。
昔から「非核三原則は邪魔」と言い放ち、特に「持ち込ませず」という項目は見直すべきだと主張して来たのが高市首相。
2年前の2024年に出版した自著『国力研究〜日本列島を、強く豊かに。』の中でも
「非核三原則は邪魔」「安保3文書から削除すべき」などと声高に主張している。
私は高市総理がかつて村山首相に投げつけた問いをあなたにこそ問いたい。
「戦争の犠牲になった先人や国民が築き上げてきた国是、不戦の決意を無視して、
戦争に国民を動員し最後まで戦えと命令する権利が、
戦後81年目にこの国を預かっておられる総理におありですか?!」
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ホーム>政党・政治家>まいだ 晴彦 (マイダ ハルヒコ)>不戦の誓い ~歴史に学ばないものがリーダーを務めちゃならない~