2024/7/3
今日から新しいお札の流通が始まります。新しい5000円札への私の想いを記しておきたいと思います。表面は現津田塾大学の創設者であり、近代的な女子高等教育に尽力した津田梅子先生の図柄となります。高精細の透かしも「梅」の縁取りになっています。すき入れ模様や3Dのホログラムは高い技術の賜物であり、肖像の3D画像が回転するお札は世界初とのこと。
視覚障害者にも識別しやすくする工夫として、ざらつきが以前より分かりやすく入れられています。アラビア数字で大きく額が表示されたのも、年齢や国籍問わずユニバーサルデザインを意識したものだそうです。
https://www.npb.go.jp/ja/n_banknote/design05/
津田梅子さんがお札に選ばれたことを、私は本当に嬉しく思っています。「津田梅子」という存在は私の人生に大きな影響を与えてきました。私は小学3年生の時に一人で大きなリュックサックを背負って、トランジットをしてアメリカの大叔母を訪ねるという挑戦をしたのですが、その時に背中を押したのは大正生まれの祖母でした。「梅子さんは6歳でアメリカに留学したんです。しかも今は飛行機もあるんですから。あなたもできるはずです。」というのが祖母の言葉でした。

祖母にとっては、津田家は親戚関係にありましたので、その想いが強かったのだろうと思います。私自身がアメリカ留学を決めたのも、曽祖母の代から連なる教えがあったからかもしれません。
曽祖母の兄、秋山高は明治8年(1875年)生まれで7歳で母と死別、11歳の頃、傾いた家運のため、小学校すら卒業できず呉服屋の丁稚奉公に出たのですが、その後1895年にアメリカに渡り16年間のアメリカ生活の中で大学を卒業した人でした。
秋山高は津田梅子とのエピソードを自伝でも紹介しているほど、長く深い繋がりがあり、縁戚関係にあったわけですが、日本の無意味なしきたりや形式にはこだわらず、秋山産業株式会社、内外化学製品株式会社、東邦商事株式会社の創立、経営にあたりました。常にグローバルな視点に立ち、困難に遭っても時代を切り拓いていく強い意思を代々引き継いで来たようにも思います。
津田梅子もまた、女性であることで夢が実現できないような社会は変えていかなければならない、との想いで、広い視野を持つ女性リーダーの育成にあたってこられたのだと思います。それが「女子英学塾」創設にあたって津田梅子が開校式で語った「人間として女性としてall-roundでなければならない」という言葉に表れていると考えます。
新5000円札を手に取る度に、津田梅子先生が今私たちに何を語りかけようとしているのか、背筋を伸ばして向き合いたいと思います。
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ホーム>政党・政治家>牧島 かれん (マキシマ カレン)>新しいお札、今日から。新5000円札は津田梅子。津田梅子とは何をした人なのか。