2026/7/19
17議連総会では講演会に北康利先生をお迎えし「二宮尊徳翁の生涯」についてお話をいただきました。

武者小路実篤は『二宮尊徳』の冒頭にこう記載しています。
「二宮尊徳はどんな人か。かう聞かれて、尊徳のことをまるで知らない人が日本人にあったら、日本人の恥だと思ふ。それ以上、世界の人が二宮尊徳の名をまだ十分に知らないのは、我らの恥だと思ふ。」
北康利先生は「報徳仕法には再現性がある」からこそ600もの地域の再建が成し遂げられたのだと言います。
二宮金次郎が生まれた時代は、寒い時期で稲作に向いておらず飢饉に苦しむ時代でした。さらに酒匂川の氾濫で農作業は苦労が続きます。菜種のエピソードは有名ですがこれは「積小為大」の始まりとも言われています。単なる倹約家ではなく「投資家」でもありました。
「生き続けること」とは鎌が折れた時に隣の家に借りに行くのではなく「隣りの家の手伝いをして手間賃を受け取り、隣りの家から気持ち良く鎌を貸してもらい、なおかつ貯めた手間賃で新しい鎌を買うこと」なのだと、具体的な学びも頂きました。
「報徳金」は無利息融資制度ですが、余剰金を集積し借金に苦しむ農民に貸付け、恩返しの心を上乗せして返済し次の困っている人を助ける原資とした「現代のマイクロファイナンス」の先駆けと言われていますが、北康利先生は「『至誠(利他の心)』があったからこそ成り立ったのだ」とのお話、たしかに二宮尊徳翁に無私の気持ちであると信頼していなければ成立しなかったと思います。
多くの一次情報を得て政策に活かし、危機に備えて動くこと、「芋こじ」なるタウンミーティングで衆知を集め能動的な人材を増やしていくこと、現代への教訓だと受け止めました。
今年は二宮尊徳翁の没後170年にあたります。議員としての日々のあり方を考えさせられる時間を北康利先生にいただきました。

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