2025/9/21
首都圏下條会に呼んでいただきました。長野県下條村出身の先輩方(最高齢は90歳)のお集まりなのですが、下條村4分の1の子孫として(祖父の故郷)お声がけいただいたものです。「長野県民とは」と聞かれると皆さんはどのように答えるでしょうか。「われら信州人」という長野県世論調査協会によると「伝統やしきたりを大事にする」「こつこつ努力する」「社交べた」「理屈っぽく議論好き」などを選ぶ人が多いと示されています。「理屈っぽい」を自認していることになるのですが、今日下條村の皆様にうかがったところ概ねあっている、とのこと。
https://www.nagano-yoron.or.jp/pdf_report/2023/warerashinshujin.pdf
「まじめ」という県民イメージがついている長野県民(信州人)ですが、ただしくは「くそまじめ」なのだ、とのご指摘もいただきました。
ちなみに、もう1つ長野県人にあてはまるのが「歌好き」だと私は思っています。秦野市長野県人会でも、歌の行事が多いですし、今日も「歌集」が配られました。そして今日、なぜ信州人は歌が好きなのか、の謎が解けたのです。
そのヒントは「信濃の国」にありました。
6番まである歌なのですが、信州人が集まると歌わずにはいられない、みんなが歌える歌なのです。歌詞を見ずに歌えるのです。10代20代でも歌詞を見ずに歌えると言われている県歌です。
明治4年の廃藩置県の後、筑摩県庁(南信)が松本にあったところ火災にあって焼失したため、時の政府が独自の判断で長野県(北信)に併合させてしまいました。南信の住民は県庁が遠くなってしまい、移庁、分県問題にも発展したそうです。新たに県庁所在地となった北信と、県庁所在地を失った南信のいがみあい、分裂争いを避けるために作られたのが「信濃の国」です。信濃の国は一つという大原則に立って、地元の地名が歌詞にたくさん出てきます。
https://www.pref.nagano.lg.jp/koho/kensei/gaiyo/shoukai/documents/rekishi.pdf
歌によって気持ちを一つにすることができる「歌の力」を誰よりも
知っている信州人だからこそ、「歌好き」なのだと思いました。

ちなみに、下條村の皆さんは「みやましい(身だしなみがしっかりしている)」ことを大事にされますが、「あんじゃーねー(案ずることはない)」とおおらかなところもあります。南信で(比較的)暖かいから穏やかでユーモアのセンス抜群の下條村ができている、との分析もあります。
祖父の故郷としてこれからも関係人口として関わっていきます。
この記事をシェアする
ホーム>政党・政治家>牧島 かれん (マキシマ カレン)>下條村、信州、信濃、信濃の国、長野県、関係人口