2026/6/18
2022年4月に発生した知床の観光船沈没事故で、釧路地裁は運航会社の社長に対し、禁錮5年の判決を言い渡しました。
この事故で亡くなられた方々に、改めて心より哀悼の意を表します。また、ご遺族の皆様に衷心よりお悔やみを申し上げます。
こうした痛ましい事故は2度と起こしてはなりません。そのためにも、事故の教訓を風化させることなく、安全管理や監督体制のあり方を不断に検証し、再発防止に全力で取り組むことが必要です。
1)国旗損壊罪は不要
国会では、一部野党も賛成し、国旗損壊罪が成立する可能性が高いといいます。
私は、国旗を尊重する気持ちは法律によって強制されるものではなく、多くの人が当然のこととして持つことが望ましいと考えています。そして、そのような意識が育まれる社会であることが大切だと思っています。
もちろん、国旗を故意に損壊する行為は好ましいものではありません。しかし私は、人々の常識や良識、社会の成熟した判断によって支えられる自然な規律こそが重要だと考えています。法律がなくても、国旗を損壊すれば、その行為に対する社会的な評価はおのずと下されるはずです。
高市総理は、「外国の国旗を損壊する罪があるのに、日本の国旗を損壊しても罪にならないのはおかしい」と述べています。しかし、この二つは法律上、同じ性格のものではありません。
外国国旗損壊罪は、その国の名誉や感情を保護するための規定ではなく、日本と外国との外交関係を保護するための規定です。そのため、当該外国からの申し出がなければ処罰できません。つまり、外国国旗損壊罪は外交秩序の維持を目的とする犯罪であり、日本国旗損壊罪とは保護しようとする法益そのものが異なります。
したがって、「外国国旗を損壊すると罪になるのだから、日本国旗についても同様に処罰すべきだ」という議論は、法的には必ずしも成り立ちません。
さらに私が疑問に思うのは、そもそもこの法律を新たに作らなければならない立法事実が存在するのかという点です。
刑罰法規を新設する以上、国旗損壊行為が現実に深刻な社会問題となっており、既存の法制度では対応できず、新たな処罰規定が必要であることが示されなければなりません。しかし私には、そのような事実が存在するとは思えません。
そもそも犯罪とは、社会にとって重要な利益(法益)が侵害される場合に、その行為を禁止し、刑罰を科すものです。窃盗罪は財産を守るため、傷害罪は人の身体を守るためにあります。
では、今回の国旗損壊罪は何を守ろうとしているのでしょうか。
法案の説明からは、国旗に対する敬愛感情や国旗の尊厳を保護することが目的であるように見えます。しかし、国民感情や象徴への敬意を刑罰によって保護することが本当に必要なのかは慎重に考えなければなりません。
また、法案では「人に著しく不快または嫌悪の情を催させるような方法」で国旗を損壊した場合を処罰するとされています。しかし、不快や嫌悪という感情は人によって異なります。刑罰法規は何が犯罪になるのかを明確に示すべきですが、この規定には曖昧さが残ります。
国旗を大切に思う気持ちと、刑罰によって処罰することの必要性は別の問題です。好ましくない行為であることと、犯罪として処罰すべき行為であることも同じではありません。
私は、この法案については、新たな犯罪を創設しなければならないだけの立法事実そのものが存在していないのではないかと考えています。言い換えれば、この法律を作るだけの根拠が見当たらないということです。
私は国旗を大切にすることは重要だと考えています。しかし同時に、国家が新たな犯罪を創設する際には、本当に必要なのかを厳格に吟味する姿勢もまた重要だと考えています。
国旗損壊罪を定める法律は不要なものです。
さあ今日も、ブレずに曲げずに、確実に前進します。
【26年6月18日 その6870『逢坂誠二の徒然日記』8567回】
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