2026/4/29
【昭和100年記念式典に出席】
「昭和百年記念式典」が29日、天皇皇后両陛下御臨席のもと、日本武道館で行われ、私も総理大臣補佐官として出席しました。
一階席には国会議員、外交団、都道府県の知事、議長のほか、日本ボーイスカウト、日本ガールスカウトの指導者(大人)や少年少女たちもいました。
高市早苗総理が「昭和の時代」を振り返った式辞で、私にとって特に印象深かったのは、昭和31年に戦争と戦後復興の後、昭和31年に経済白書が「もはや戦後ではない」と書き、また同年、日本が国際連合に加盟、政府代表だった重光葵政府代表が「あおぎ見るニューヨークの空高く ひるがえる日の丸の旗うれしき」と詠んだ話でした。
また、この年、イタリアで開かれたコルティナ・ダンぺッツォオリンピックでアルペンスキーの猪谷千春選手が日本人で初めて冬のオリンピックで銀メダルを獲得したこと、彼が日本人の全くいないアメリカの大学で苦労したことが栄冠につながったことも紹介しました。
総理はその後の「明日は今日よりきっとよくなる、と国民が信じた」高度経済成長期にも触れました。
森英介衆議院議長は「昭和初期に男性だけの普通選挙が実施され、戦後の帝国議会最後の総選挙で女性が参政権を得ました」と述べました。昭和21年4月の衆議院選挙で初めて女性が投票し、そして女性の代議士が誕生したのですが、これは日本国憲法公布(昭和21年11月)、施行(昭和22年5月)よりも前で、大日本帝国議会における出来事だったのです!
また、私は教科書などで学ぶ「普通選挙」という表現に対し、「男子のみ」に限定されたものだったのに、普通選挙という呼称は正しくないと考えていますので、森議長のこの表現のしかたに好感を持ちました。
関口昌一参議院議長は「参議院は来年、開設80年を迎えます」と話しました。戦前は天皇が議員を選ぶ貴族院であり、日本国憲法公布と同時に、国民が選ぶ参議院に代わったのです。
そのあとの海上自衛隊東京音楽隊による6曲の演奏と男女2人の隊員の歌唱が素晴らしく、壇上の両陛下も笑顔を見せられました。
一曲目は司会者が「世界的にも今なお愛される歌」と紹介し、坂本九さんの「上を向いて歩こう」でした。(紹介の言葉で、この曲だとピンときました)
最後の曲は、昭和と言えば当然の、美空ひばりさんの「川の流れのように」でした。
昭和天皇崩御が昭和64年1月7日、そして美空ひばりさんは同年(平成元年)6月24日に亡くなりました。
途中に挟まれた4曲のうち、2曲が私の大好きな「なごり雪」(イルカ)と「時代」(中島みゆき)で、思いがけず(6曲も演奏タイムがあるとは事前には全く知らなかった)
幸せな時間を過ごしました。
昨年、「戦後80年」とともに「昭和100年」と呼ばれました。これはいわば「数え年」です。昭和元年は1926年12月25日から年末までの1週間だけで、「昭和100年」に当たるのが昨年でした。
しかし「昭和の1世紀」というふうに考えると、つまり「満」 でいえば、昭和100年になるのは今年の12月25日です。
というわけで、政府は区切りとして、「昭和の日」(昭和天皇の誕生日)である今日、「昭和百年記念式典」を開いたのです。(私が子どものころ「天皇誕生日」といえば4月25日でした)
日本武道館近くの九段下には政府の「昭和館」があり、常設展のほか、今、「昭和映画録―二度の黄金時代」という特別展が、5月10日まで開かれています。「二つの黄金時代」とは1930年代と1950年代のことです。
内閣官房「昭和100年」関連施策推進室は自治体、民間を含めた「昭和100年」の関連事業のポータルサイトを設けています。




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