2026/6/7
〇かつてはスポーツ新聞に毛が生えたようだった読売新聞も、最近は読みごたえのある記事を出している。月の1度の「五郎ワールド」のように、ベテラン幹部は相変わらず気取った文章なだけの意味不明の迷文を書いているが。
今日はフランスの新進気鋭の政治学者アルノー・ミランダ氏のインタビュー記事。『暗黒啓蒙』という21世紀の米国政治について書いた著書が評判になっているというが、私は初めて名前を聞いた。先日話を聞いたパトリック・デニーンと、問題意識はかなり被っているように思う。
【トランプ氏に明確な政治理念があるとは私にも思えません。氏を「船」、政治理念を「荷」に例えると、トランプ郷は船主の荷ではなく、他人の荷を積んで強引な航行を続けている】
と始まるが、この指摘もデニーンの「民主党も共和党もダメ。投票先がないから、現状を破壊してくれてまだ未来を感じさせるトランプに投票した」というトランプ評と似ている。
この「荷」、すなわち最近の米国の政治理念を三つに分類している。そして、トランプ主義を構成するこの三つの政治理念は、民主制に対抗しようとしていると言う。
一つ目は民族主義ポピュリズムで、MAGAという言葉に代表される白人キリスト教徒至上主義。前々回の大統領選挙でトランプ大統領が負けた時に連邦議会議事堂襲撃を行ったような「下からの」体制転換を図ろうとするが、ミランダ氏はここに何らかの可能性を感じてはいないように思われる。日本では、参政党などにその片鱗が見られるか。
二つ目は、ポストリベラリズム。デニーンのようなカトリックの知識人が、個人の権利を過剰に優遇してきたことを批判し、「共通善(common good)」という共同体の利益を大切にする。ミランダ氏は、この政治理念についてはなぜかこのインタビューでは論評をしていない。それだけに、何かはあるのだろう。
三つ目は、新反動主義。インターネット上で匿名ブロガーが民主制廃止・君主制復活・企業的国家経営などを唱えだしたことに始まり、シリコンバレーのIT業界の大物たちの支持を得て、イーロン・マスクをトップに据えた政府効率化省などにその影響は表れているという。中国が台頭する中で、米国のAI・IT業界エリートの間で近年、民主制は手続きや規制などの縛りが多く、権威主義体制に劣後するという危機感が背景にあるという。日本でも、日本維新の会などにその片鱗が見られる。この新反動主義を「暗黒啓蒙」というのだと言う。
【私の博士論文の主題は文明の没落でした。トランプ主義を観察していると、欧州文化を引き継いだ米国は西洋文明の終末期の姿だとつい連想してしまいます】
と、この点は私と同じ認識だ。私もシュペングラーの『西洋の没落』を愛読している。
【新反動主義は、再興を果たしてきた中国を前にして、西洋の週末を直観しています。資本主義と科学技術をめぐる対決に臨むには民主制が障害になっているーー。私が悲観するのは、こうした新反動主義の論法に、民主派が民主制の擁護という、保守的な反論鹿できないことです。新反動主義こそが未来を握っているという逆説が定着しそうな気配です】
ミランダ氏は、まだ29歳。私とは違う世代からのこの鋭い指摘には、胸をぐさりと抉られるような思いになる。外発的に西洋文明を受け容れて曲りなりに近代化した日本にも、新反動主義の波は近いうちに押し寄せてくるだろう。しかし、日本は西洋とは異なる独自の文化があるはずであり、シュペングラーも日本は西洋文明とも中国文明とも異なる独自の文明の側面を持っているとしている。だから、私は、ミランダ氏が多くを論評していないポストリベラリズムに惹かれざるを得ないのだ。
長い時間をかけて紡がれ、多くの世代が引き継いできた日本の文化に、革命による民主制の転覆でも、権威主義でも、暗黒啓蒙でもない、ポスト民主制の政治理念を生む要素があるのではないかと考えているのだ。浪人中の時間、今の世界の知の最前線を少しでも多く学びながら、私なりの政治理念を紡げるよう苦闘してみたい。今日の読売新聞の記事は、そうしたことを考えるきっかけとなる良記事であった。

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