2026/6/3
〇先週の土曜日、東京都大田区の福島家菩提寺にて、祖父の33回忌、母の7回忌の法要が、福島本家や父と母の兄弟が集まって執り行われました。
祖父は、元禄2年創業の代々江戸で金融業を営む家に長男として生まれたものの、9代目となって家を継ぎたくなかったため、岐阜高等農林に進んで農林省の技官となり、各地の試験場で養鶏の研究に明け暮れました。その子の父も含めて世捨て人のように金銭欲や出世欲がなく、生まれながらにして私欲があまりないというのが、祖父や父から伝わる家風なのかもしれません。3枚目の写真は、祖父母と父と墓参りの時に撮った私が17歳の頃のものです。
母はその福島家に嫁に来て、家庭に無関心な父の下で、パートなどには出て家計を助けることもなく、自由奔放に生きました。母はいつも近所のガキたちを集めて小旅行に連れて行ったり、時には家でガキたちみんなで食卓を囲んだり、賑やかにするのが大好きでした。三島由紀夫狂の母からは、私の思想面でも大きな影響を受け、私が選挙に出てからは一番の理解者であり支援者でした。
法要の準備の時に母の遺品を引っ張り出してみたら、私が生まれた時から生後8ヶ月までを記録したアルバムが出てきました。改めて見返してみると、そこに書いてあった母の言葉に母の慈愛を実感して改めて涙がこぼれてきました。母にはあの世でしか会うことは叶いませんが、この世にいる限り母に感謝し、母の思いに応える人生を歩もうと改めて決意しました。
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伸享が誕生したのは予定日より一ヶ月近く遅れた8月8日の暑い暑い日でした。陣痛微弱で二日間苦しんだ挙句の誕生です。
分娩室に入ってもなかなか出ようとしないので、お医者様は「こんなにお母さんが好きな赤ちゃんは初めて」と仰いました。
苦痛に悶している時、光り輝いている観音様が本当に現れたのです。「この子の未来はきっと観音様が守ってくださる」と。
貴方の誕生は私にこの上ない喜びをもたらしました。嬉しくて嬉しくて、いつも「大切な大切なママのノブ」と心の中で言い続けておりました。丸いお目々でニコニコ笑いとても可愛らしい赤チャンでした。
福島、小川の両家皆々に祝福され、皆様のお蔭ですくすく育っていきました。
伸享、お前が今日あるのは多勢の人々あっての事なのです。皆様によって生かされているのです。





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