2026/5/27
〇台湾のチェン・ユージュン監督の映画『霧のごとく』(https://www.afoggytale.com/)を観てきた。有楽町の映画館は満席。エンドロールが終わって明るくなった瞬間、館内は静寂に包まれ、しばらく席を立つ人がいなかった。心の奥底に深い感情が湧いてくる名作。
日本が台湾を放棄し、国民党が台湾を支配して戒厳令下に置き、反体制派を弾圧していて1950年代が舞台。サトウキビ畑が広がる嘉義の田舎で、学校に行って知識を身に着けたがゆえに反体制運動に加わり、銃殺刑になった兄の遺体を引き取るために、台北に出てくる一人の少女の物語。
広東省出身の外省人の元軍人、幼いころ分かれた舞台スターとなった姉、公安関係者など少女と関わる一人一人の登場人物は、みんなその時代特有のそれぞれの背景を抱えて、困難な時代を生き延びるために、人間らしい狡さと、それでも微かにある本質的な人間としての優しさを持っている。映画の中に政治的なプロパガンダは出でこないが、矛盾に満ちた社会の中で生きなければならないそれぞれの不条理さに、胸が締め付けられるような複雑な思いになる。
私が最初に台湾と関わることになるのは、社会人になって1年目に東大に来ていた日台ハーフの人と仲良くなったこと。彼自身が、日台間の複雑な関係を象徴するような人物だった。当時は初めて選挙で李登輝総統が選ばれて民主化が進み、台湾独立運動などを行って牢獄に繋がれていた人たちが解放される時だった。私は、彼から多くのそうしたかつての「政治犯」だった方を紹介された。拷問で指を潰された人、腕が曲がったままの人。
そうした人たちが集まって、2000年の総統選で初めて民進党に政権交代が行われ、陳水扁政権が誕生した。私の台湾の知人たちも何人もが政権の中枢に加わった。その後、李登輝先生と会う機会を何度もいただいた。東京財団時代は、李登輝先生が主宰するシンクタンクと台湾の原住民と沖縄問題をシンクロさせたシンポジウムを台湾で行ったりし、2009年の初当選の時には自宅にもお招きいただいた。
李登輝先生がいつもおっしゃっていたことは、「台湾に生まれた悲哀」。台湾は、歴史的にオランダ、清朝、日本、中国国民党などに支配され続け、国として国民としてのアイデンティティが揺らぎ続けていた。よく李登輝先生を元日本人の親日派と考える日本人が多いが、私がかつて台湾で聞いた李登輝先生の英語での講演では、「自らのアイデンティティはクリスチャンであることにあって、たまたま日本に生まれたからはじめから日本人だと思っている主体性のない日本人とはまったく違う」とはっきりとおっしゃっていた。そんな李登輝先生からいただいた言葉は、「我是不是我的我」。日本語にすると、「私は、私ではない私である」。頓智のようだが、国や民族と紐づけられるアイデンティティを確立しがたい中で、自我というものをどう形成していくのか、李登輝先生の知的格闘が表れた言葉なのだと思う。
私は、美麗島と言われるそんな美しく儚い台湾をこよなく愛している。台湾人の複雑な感情を知るからこそ、単に「台湾有事は日本有事」というような国際政治の駒のように台湾を扱いたくはない。独立とか何とか政治的なものを超えて、「台湾は台湾だ」と台湾の人が言うことを応援したい。
映画では、銃殺されるお兄さんの絵本の言葉が流される。それは、チェン監督自身が台湾について語っていることのように思われる。
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雲と霧はどちらも水蒸気から生まれます。
ひとつは空へと昇り、もうひとつは地上に立ちこめる。
もしかすると霧は、空高く飛び遠くを見渡せる雲を羨ましく思うかもしれません。
しかし結局のところ、雲も霧も、誰かの目に映る景色にすぎないのです。
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雲は独立国家としての台湾、霧は今の台湾。台湾の将来はどうなるのだろう。

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