7月23日、埼玉県知事選選挙が告示され、届出を終えた候補者が各地で第一声を上げました。ここでは4選を目指す、現職の上田きよし氏の第一声を全文書き起こしによりお伝えします。

浦和駅西口で10時からスタートした上田候補の第一声
皆さん、おはようございます!
今日は本当に悪天候の中、大勢の皆様にお集まりを頂き、こうして素晴らしい出陣式が出来ること、心から心から感謝を申します。ありがとうございます!
本日はまさに、超党派の感であります。
兼ねてからご指導いただいております、自由民主党の元総務大臣 鳩山邦夫先生、
そしてまた、若手新進気鋭の維新の党幹事長の柿沢未途先生、
そしてまた、長い盟友であります原口一博元総務大臣民主党副代表
そして、県下では大島敦民主党県連代表
また、坂本祐之輔 維新の党埼玉県総支部代表 をはじめ
本当に大勢の国会議員の皆様方、ならびに市町村長の皆様方
そしてまた市町村議会の皆様方、県会議員の皆様方、大勢お越しを頂きました。
兼ねてから私は、政治は誰の為にある、それはまさに国民県民のためにある、そういう考え方でやってまいりました。
それよりねぇ、
「行政というのは手続きや法令を遵守してれば、必ずしも成果を出さなくても決して非難をされない」でも私はそれは出来ない、必ず県民の税金を使っている以上、成果を出さなければ意味が無い!
こういう考え方をもって国政でもそしてまた県政でもそのことを大きく打ち出しました。
従いまして、ハッキリ申し上げれば、埼玉県の各分野ほとんど良くして参りました。いささかなんか経済に元気が無いと、なんか思っていらっしゃる方がいらっしゃるみたいですが、
では
なぜ、埼玉県に日本一、企業の本社がこの10年間でダントツに集まって来ているのでしょうか?
なぜ、東京に続いて銀行の貸出残高の増加量が一番多いんですか?
なぜ、埼玉県の経済全体のグロスとしての量が、愛知県の次に日本経済の中で一番伸ばしたのか?
理由ができないじゃないですか!
埼玉県、元気があるんです!
大宮の駅を見りゃ解かるじゃないですか
この浦和の駅を見たって解かるじゃないですか
10年前どういう状況だったんですか?
市長さんの力もあり、市民の力もあり、どんどん良くなっているじゃないですか
もちろん圏央道を境に南北問題があります。
圏央道から以南は人口が増えています。
圏央道から以北は人口が減っています。
まさに地域の課題はそれぞれ違いがあります。
埼玉県の素晴らしいところ、東京には田んぼがありません。埼玉県には田んぼがあるんです。
野菜の出荷が全国6番目、花の出荷が全国5番目、そして平成19年から埼玉県の農業出荷額は、それまで全部全国の平均から下でしたけれども平成19年を境に毎年5ポイントほど全国の農業出荷額の平均よりも上をいっているんです。
農地が減っているんです。それでも生産性を上げているんです。
まさに、これからは如何に生産性をあげるかという課題が出てくるんです。
2025年問題というのは、、
みなさん人口の動態というのは10年先も20年先も見えるんです。
今65歳の人は10年後には75歳になるんです。
急に65歳の人がそのまま65歳で残ることは出来ません。
75歳になるんです。
その層が一番ピークの時が、2025年なんです。
今から10年後が一番高齢者が多い時なんです。
逆にいうと、2025年を突破すれば安定した社会になるんです。
じゃぁ、2025年問題の核心はどこか? 2つです。
1つは、急速に高齢化する人たち、当然元気な人もいれば、元気でない人もいる
だから、医療や介護、こういう部門での安心のネットワークを作らなくてはいけない
国は珍しくモデルを作っておりません。地域包括ケアシステムという名前だけでました。ご当地主義です。それぞれの市町村にあわせてやってくれ。ある意味では無責任です。
その2、国として本格的に指導する力が弱くなってきたんです。だから市町村で独自に、この地域包括ケアシステムを作らなくてはいけません。どういうことかというとこういうことです。
要は、訪問介護をやって、みんなが何でもかんでも病院にいかないようにしましょう。
保健師や介護士が時々まわりますよ。いろんな健康の相談をやります、医療の相談をやります。そしてそれ以上の人たちは、今度は通院通所をします。通院通所で間に合わない人は入院をします。あるいは救命救急をやります。
急にどっかがおかしくなった。だから救急車で搬送されたりする。この救命救急をどうする?
さらに、生まれながらに難病を持つような方とか、高度な医療でないと解決できないような、あるいはがんなどのそうした問題があります。こういう問題を地域で片付けろという話です。
でも、通院通所、このくらいまでは地域で片がつくかもしれません。
しかし救命救急を全ての市町村で出来るところ出来ないところがあります。
いわんや高度の医療はさいたま市ぐらいであれば自己完結的に出来るかも知れませんが、
小さな町や村ではできません。従ってブロックでカバーする、あるいは県全体でカバーをする、こういうことをやっていかなければなりません。
そして大事なことは、医療資源と医療ビジネスが別問題になっていることです。
残念ながら医療ビジネスという観点からいくと人口の少ない秩父エリアなどでは、なかなか病院や医師が集まりません。医療ビジネスとして成り立たないからです。
あるいはまた、高度な医療はお金がかかって回収ができないから。ビジネスとしてうまくいかないから。
だから埼玉県が、県立がんセンターがあり、小児医療センターがあり、循環器呼吸センター、精神医療センター、儲からない部分をやっているんです。
毎年90億ら補助金を出しているんです。そのうえ赤字になるか黒字になるかというスレスレのところをやっているんです。こういう課題を市町村単独でやれというのが、そもそも難しい話です。
だから、県と市町村が一体的となってその信頼関係の中で積み上げながら、2025年の安心の仕組みを作らなくちゃいけないんです。
もうひとつ、同じく2025年問題というのは、働き手の数が減っていくことです。
実は失われた20年という言葉がありますが、これは人口問題でもありました。
1995年今から20年前が日本の人口の中に占める働き手、15歳〜64歳までを生産年齢といいますが、これが8,700万人いました。20年経った今日、それが1,000万人近く減っているんです。
だから520兆円を超えてた日本の経済が、480兆円になっているんです。この20年間にありとあらゆる経済政策を打ちながらもなかなか回復しないのは、こういったところがあるんです。基本的に労働力がこれから不足していく時代になるんです。
これをカバーしなくちゃいけない。
それには、女性の社会参加です。そしてシニアの元気です。
まだまだシニアの人に頑張ってもらわなくちゃいけないんです。
このカバーをすることで、まさに1995年8,700万人いた人口と同じくらいの規模を、もう一度働き手として、完全ではなくとも半分でもいいから力を発揮してもらわなくちゃいけないんです。その上で生産性をあげなくちゃいけないんです。
そして加えて、残念ながら今日本の産業は、輸出マターに占める割り合いが自動車と自動車の部品で27%も占めているんです。かつては電子・電気・機械・自動車、この4つがバランスよく並んでいました。でも今は自動車産業に圧倒的に寄りかかっているのが現状です。
だから違う産業も私たちは育てなくてはいけないんです。
たとえば航空機、自動車は2万点から3万点の部品ですよ。航空機は20万点から30万点、10倍も部品の裾野が広いんです。自ずからどっちを重点化すればいいかぐらい、誰だってわかるんです。
幸いホンダは自家用ジェット機を作りました。三菱重工業が小型ジェット機を作りました。こういう裾野をもっと広げていかなくちゃいけません。
そしてナノカーボンの技術は日本が最高です。ただし、まだこれを貸せる力までいってません。製品化させていく力がもっと必要です。
あるいはロボット、医療イノベーション、そして何よりも新しいエネルギーです。蓄電池を中心とする、こういう産業分野を私たちは先端産業といってますが、この先端産業創造プロジェクトを、これを一昨年からスタートさせて展開しておるんです。
こういう目をですね、埼玉県に集めていかなくちゃいけない。そうすることで、日本から新しい産業が生まれてまた日本は新しい意味での世界の先端国になっていくんです。
日本の技術はノーベル賞だけでも科学、物理学、医学、生理学、この分野で二十世紀になって17人もノーベル賞が生まれているんです。世界で2番目なんです。アメリカに次いで。インドはゼロです、中国もゼロです。
まさに、技術のもとになるものは日本で結構生まれているんです。これを製品化して稼ぐ力にしなくてはなりません。
そして最後に、一番大事なことは、そういう人材を育てることです。
埼玉県はいち早く、奨学金を日本のトップにしました。
そして留学生がどんどん平成16年をピークに減っておりましたので、埼玉県は平成24年から世界に踏み出す留学生の数は日本一の300人出すようにしました。東京や大阪は100人以下です。
そいうことを積極的にやってきたら、文科省が予算を10億から20億にしました。留学生の派遣事業を2倍にしました。これを埼玉県に連れてきています。
そして残念ながら、世界は南北問題、日本も南北問題、貧富の差が開いています。貧困な家庭が増えています。とりわけ生活保護が増えました。一番嫌なことは、生活保護の子供たちが、また生活保護になることです。負の連鎖を繰り返してはいけません。
だから私たちは、生活保護の子供たちの教育支援をやりました。
そしたらみんな高校に入学ができるようになりました。
このモデルは国の厚生労働委員会でも話題になり、県の職員が参考人で呼ばれ、そして今年の4月から、法律になって県や市町村がこうした生活困難者の支援事業として教育支援をやらなきゃいけないようになったんです。
私たちは、常に埼玉県がそういうモデルを勉強しながら変えてきたんです。
今回の選挙戦、私も実績を多く出してました。しかし何分大事なことは、実績もしっかり語って参りますが、2025年というこの10年というスパンの中で、この3〜4年が一番大事なときです。
スタートダッシュ、基礎を作るときですから、まさに市町村長のみなさんから、出馬をしろ!という強い要請を頂きました。まさに市町村長のみなさんとの信頼関係の中で、2025年の安心の仕組みを作ろうと、あるいは経済界のみなさんから出馬要請がありました。まさに埼玉県が日本のトップをきって、先端産業を切り開いていく、そういう役割を私に担え!こういう思いもあるものなのか、各団体あるいはまた多くの県民の皆様から要請をいただきました。
私は3期12年で知事の任務を遂げて頂き、少しはゆっくりさせて頂かないと女房から逃げられる(笑)、こんな思いもあったんですが、まぁ女房からお許しもいただきました。
そうはいかない!
まさに私の個人的な心情、この部分を私は結果として曲げることになりました。このことについては県民の皆様にまさに不徳の致すところ、こういう形で説明をしてまいりました。
しかし一番大事なことは、まさに政治は公のものであります。
私個人のためではありません。
私情を捨てて、あえて、今回の選挙。
まさしく後は野となれ山となれ、というわけにはいかない。
そういう想いで、みなさんの期待をしっかり受け止めて、
私はこの4年間、皆さんご期待に沿うことができれば、
ご支援・ご支持の結果を受けることができれば、
まさに24時間365日、公のために全力を尽くして頑張っていきますので、
どうぞ皆様方の暖かい、そして最後までのご支援を心から、
お願い申し上げまして、街頭からの第一声に変えさせていただきます。
本当に今日はありがとうございます。
どうぞよろしくお願いいたします!
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