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安倍晋三を失って日本の政治はどう変わるか(歴史家・評論家 八幡和郎)

2022/7/24

八幡 和郎

八幡 和郎

事件で一番損したのは維新かも

 安倍晋三元首相の暗殺事件によって、自民党は数パーセントの得票上乗せに成功した印象である。

 そうでなければ、北海道、東京では候補者による票割りの失敗もあって二議席は無理だったし、京都も怪しかった。一人区でも福井、岩手、新潟あたり微妙だった。

 福井は自民現職が80歳と高齢過ぎたので立憲にチャンスがあった。岩手、新潟は小沢一郎氏の側近が候補だったが、小沢氏の「自民党の長期政権が招いた事件と言わざるを得ない」という失言の影響がもろに出た。

 自民が取りこぼした青森、山形、長野、沖縄は、もともと勝負あったという感じだったが、事件の影響で、むしろ意外にも善戦に持ち込んだ感じだ。長野では候補者の選択はいい目の付け所だったが、本人がトラブルを始末しておかなかったのが悪い。

 ただし、文春が選挙が始まるや、狙い澄ましたように攻撃に出たのは頂けない。前々回の東京都知事選挙のときに、鳥越俊太郎氏のスキャンダルを告示後に暴露したことが議論を呼び起こしたが、あの場合には、鳥越氏が直前立候補表明で攻撃を避けようとしたからやむを得なかったが、今回は、そういうことでない。 意図的に再反撃が難しい告示後に攻撃を仕掛けることは、公選法上も如何かと思った。

 事件の影響で、どこが票を失ったかと云えば、立憲や共産より以上に、維新にとって痛かったのではないか。保守系浮動票が維新に流れず自民に留まった観がある。

 たとえば、京都府選挙区など、途中での世論調査では、自民、立憲(福山哲郎)、維新の候補者がほぼ横一線といわれていた。結果的には、トップの自民から二万票差で立憲、さらにもう一万票あまり下に維新だった。

 事件がなかったら、三者三つ巴で誰が落ちてもおかしくなかったから、皮肉にも福山が安倍元首相の事件で救われた。

黄金の三年間を岸田政権はどう使う

 参院選後の政治日程は、2024年秋に自民党総裁選、25年7月に参院選、10月が衆議院議員の任期満了だ。つまり、2年余りは選挙を気にせず、憲法改正はじめ、懸案事項に取り組むチャンスで、「黄金の三年間」といわれるゆえんだ。

 これまでの岸田首相は、すべてにわたって、安全運転第一主義だったように見えるが、参議院議員選挙までの辛抱で、これからは、黄金の三年間を活かして国家的諸問題に取り組んでくれるものと信じたい。

 そもそも岸田氏を首相候補として育てたのは、安倍氏であった。なにしろ激務で2年勤めるのすら難しいといわれる外相を5年間も務めて安倍外交を支えてきた。

 そして、憲法改正では、国民投票で賛同を得られるかが焦点になるが、安倍首相自身も含めて保守派の首相のもとで対決ムードで臨むより、リベラル色が感じられる岸田氏のもとで「やはり第九条は改正するのが自然だ」というほうが確実に勝てそうだからだ。

 自民党の保守派には、ドラスティックな内容で、しかも、高らかに戦後体制清算を歌い上げたい人もいるが、それでは、国会で発議も出来ないし、国民投票でも勝てないから、事実上、憲法改正阻止に資するもので馬鹿げている。

  憲法改正の発議は、衆参両院それぞれで三分の二の賛成が必要だが、自民だけでなく、維新、公明、国民民主あたりの賛成がないと楽観できない。ぎりぎりだと公明も難色を示すだろう。

 そして、国民投票となった場合でも、公明党が明確に賛成して反対票への流出を排除してくれることと、国民民主党が賛成にまわることが確実に勝つ鍵だ。公明党が反対はしないが、積極的に呼びかけず、国民民主党が反対では、たとえ国会発議できても五分五分がいいとこだ。世論調査では賛成の方が多くても、投票に行く率は反対の人の方が高いというのが、各地での住民投票などで明らかだ。

 五分五分でも国民投票にかけたいという人もいるだろうが、もし負けたら当分は再チャレンジできない。だいたい、8~9割の確率で勝てる見通しが必要だ。

 そして、公明は立憲民主党の理解を得ることが好ましいといっている。私は立憲民主党の賛成が必要かはともかく、立憲民主党の理解を得るために努力したということは必要だと思う。そうでないと、迷っている一般有権者もさることながら、公明や国民民主が動きづらい。

憲法改正と皇位継承問題の解決が新しい政治を創る

 そして、次期自民党総裁選までに、岸田文雄首相が憲法改正の発議の道筋をつけたなら、つまり発議の目処を付けたなら、総裁選挙で再選される可能性が高い。25年の参院選時に、衆院との同時選挙と、憲法改正の国民投票を行えば低投票率によるハプニングは起きにくい。

 そのとき、2年以内の解散総選挙と首相交代を条件に、憲法改正に賛成する各党で連立政権を組んでもいいと思う。その次の総選挙と参議院選挙は岸田首相のもとでは行わないことを条件に憲法改正を円滑にすませたらいい。

 私がもう憲法改正をして欲しいのは、安全保障上の配慮もさることながら、日本の政党政治が憲法改正ばかりを焦点にして、外交や経済についてのまじめな議論が置き去りにされているからだ。

 55年体制の社会党がそうで、万年野党になってしまった。1993年の細川政権誕生からは、与野党交代や組み合わせの変化もときには起きているが、立憲民主党が野党第一党になってからは、また、三分の一の議席を野党で確保して憲法改正を阻止するのが主目的の社会党路線にもどってしまった。

 どうしてそんなことで満足しているのかというと、安定して当選を続けられるのなら、野党議員ほど気楽な商売はないからだ。おそらく、支持団体まわりに忙しい与党議員より生活の質は上だと思う。

 しかし、志のある政治家ならそんな状態に満足するはずないから、野党からも、ほどほどに野党の意見も採り入れられるのなら、賛成、あるいは徹底抗戦はしないということになれば改憲後には前向きの政治が実現するだろう。

 安倍元首相が岸田首相に託したもうひとつの宿題は、皇位継承問題である。すでに、「皇位継承のあり方有識者会議」が、悠仁様への継承を確定させたうえで、皇族が旧宮家から養子を取るとか、女性皇族が結婚後も本人のみ皇族身分を保持できるという報告を昨年の12月に出しており、方向性は定まっている。

 現在の皇室典範で将来の皇位継承が予定されている悠仁様を排除することは避けるべきだというのは、小泉内閣の官房長官だった安倍氏が女帝や女系への継承に傾いていた小泉首相を説得して方針を変えさせた鍵となった理由である。

 さいわい、悠仁様は学業も優秀で、順調に育っておられ、帝王教育もそれなりにされているのである。一方、愛子様を女帝にと言う人もいるが、聡明ではあるが、コロナ渦で学習院大学に入学以来、三年間、一度も大学での講義に出席されてずリモート講義だけで学業を続けておられるのを見てもわかるとおり、皇位継承者として向いた積極的な性格ではなさそうだ。

 そういう状況で、早期にお二人の結婚相手探しも迫っており、悠仁様の継承を前提に、その先の手当も結論は出さないが準備するという結論を出すことは急を要するのである。

 いずれにしても、この二つを片付けることに積極的に取り組めば、保守派、あるいは安倍派のひとたちも、岸田内閣をゆさぶることが憲法改正と皇位継承問題に決着を付けるという安倍氏の遺志の実現を邪魔することになるわけだから、岸田内閣を支持せざるをえなくなるはずだ。

 安倍氏にとっては、もうひとつ、アベノミクスの継続というのも関心事項だった。しかし、ウクライナ情勢などでインフレの方が心配ななかで、MMT論者などが出る幕はないと思う。

安倍派は岸防衛相にとりまとめを委ねるべき

 安倍派の今後と言うことになると、いま適切な後継者などいない。当面、後任の会長を置かず塩谷立氏を代表とした7人による集団指導体制で運営するそうだが、私は弟の岸信夫氏の体調は悪そうだが、防衛相とか党役員とかいった激務でなく、安倍派のとりまとめ役として組織維持してもらうのがいちばんいいはずだ。旧竹下派が竹下亘元総務会長のもとで団結を維持した好例もある。

 かつて、安倍氏はかつて、下村博文元文相、稲田朋美元防衛相、松野博一官房長官の三人の名前を挙げたことがあるが、さらに、西村康稔元財政経済相、萩生田光一経産相、世耕弘成経産相、福田達夫総務会長、高木毅国会対策委員長などがそれぞれ、これから次期総裁選挙までの二年半に要職を経験していけば、おのずから清和会の継承者も絞られてくるだろうし、外へ出ていく人もいるだろう。

 前回の総裁選挙で安倍氏の支持を受けた高市早苗政調会長は、清和会復帰が常識的には難しくなったが、森喜朗元首相などがどう判断するかも注目される。

 高市さんにひうとつのチャンスがあるかもしれないのは、2024年の総裁選挙で、清和会が、岸田首相を支持するが、高市氏に回ることは黙認する、あるいは、岸田氏と高市氏の両方を推薦すると言った対応をするときか。

 清和会は憲法改正を進めている限りは、反岸田でまとまらないし、しかし、保守派の不満はどうしても残る。また、岸田氏に対抗しての自前の候補を決めにくいだろうから、そのときは、高市氏に走ることを容認する可能性はある。そして、そのときに、どれだけの票を集められるかで、高市氏の将来が決まるのではないか。

   ただ、いずれにせよ、100人近くにもなった清和会は、人数から行ってもそのまま維持は難しくなってくることが予想される。

 党内では、安倍政権の仕事の継承を見守る役割を菅義偉前首相が果たすことになり、力を増すことが予想され、噂されるように派閥が結成されるなら、清和会から合流する人も出てくるだろう。

野党は反安倍路線より安倍ロスにつけ込むべし

 しかし、憲法改正や皇位継承を前へ進めたとしても、岸田自民党が従来よりリベラル旋回することは避けられない。そうしたときに、維新や参政党が不満の受け皿としてどう動くかも見ものだ。

 維新については、最近の毎日新聞の世論調査でも、「立憲民主党と維新とどちらに期待しますか」という問に対して維新が46パーセント、立憲が20パーセントだった。維新にとっては中道と保守と、どちらにどのように支持を伸ばして行くか塩梅が課題だ。

 そのことは、国民民主党とどういう関係を構築していくかの議論にもつながる。

 参政党は、松田学氏を代表に、神谷宗幣氏を副代表兼事務局長に当てることにした。その二枚看板をどう使い分けるかが鍵だが、政策に強くまっとうな議論ができる松田氏はテレビの政党討論などでは、抜群の強さをみせるだろう。

 神谷氏はカリスマ性はあるが、政策的には、よくいえば柔軟、悪く言えばしっかりした思想がないともいわれるが、突拍子もない方向に走らないかどうかは分からない。

 反ワクチンの主張は噴飯物だが、コロナで大量死が出るような変異が起きない限りは、ワクチン問題が政策論争の中心になることはないと期待される中で、独自性を出しつつ、とんでもない方向の主張に走らないことを祈る。

 ただ、今回の参議院議員選挙では、沖縄で参政党が候補を出さなければ、自民党が勝っていたといわれるように、自民党にとって小選挙区などにおける脅威となるのか、あるいは、政党間討論などで、左派野党を厳しく批判したりして存在感を見せて、自民党のある種の補完勢力として居場所を見出すのか、どちらなのかは分からない。

 立憲民主党については、私は反安倍にこだわるべきでないと思う。国葬に反対しても何も勢力拡大にはつながらないし、世界から怱々たる参列者がきたりして、偉大さが確認されたら、恥をかくだけだ。

 私は前から、安倍氏が退陣したら、安倍氏に比べて見劣りがする後継者という攻撃をかけたほうが反安倍路線よりよほど有利だといってきた。小泉首相のときだって、安倍、福田康夫、麻生という後継者たちがカリスマ性で見劣りして、小泉ロス現象が民主党政権につながった。

 具体的な政策でなく、世界外交での位置とかそういうことで、攻撃をかければいいのに、あいかわらず、反安倍にこだわりたがるから、リベラル寄りに舵を切った与党に対抗できないのだ。そういう意味で、憲法改正などでも、話し合い姿勢をとったほうが得策だと思う。

 公明党については、支持団体である創価学会の基礎票の低下が悩ましい問題になる。宗教はどこでも力が低下しており、創価学会も例外でない、むしろ、健闘しているほうなのだが、全体的な傾向の影響は免れないからだ。

 私が気になるのは、創価学会も公明党も、ネットなど新しいメディアの活用に出遅れていることだ。公明党は風に頼って浮動票を取り込んで党勢を拡大するのは危険だと思っているし、また、創価学会員に選挙運動に過度の負担をかけることも避けたいという党だ。

 それだけに、メディア戦略の立て直しが絶対に必要なようにみえる。

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八幡 和郎

八幡 和郎

評論家、歴史家、徳島文理大学教授 滋賀県大津市出身。東京大学法学部を経て1975年通商産業省入省。入省後官費留学生としてフランス国立行政学院(ENA)留学。通産省大臣官房法令審査委員、通商政策局北西アジア課長、官房情報管理課長などを歴任し、1997年退官。2004年より徳島文理大学大学院教授。著書に『歴代総理の通信簿』(PHP文庫)『地方維新vs.土着権力 〈47都道府県〉政治地図』(文春新書)『吉田松陰名言集 思えば得るあり学べば為すあり』(宝島SUGOI文庫)など多数。

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