【雪をも溶かす熱戦】波乱の中で有権者に「熱」を伝えるのは誰か? 石川県知事選挙現地レポート(畠山理仁)

2022/03/12

TOPページピックアップ記事

地方選挙

現地ルポ・インタビュー

畠山理仁

大雪の中で始まった石川県知事選挙

 足もとには雪。空を見上げても雪。強い風に吹かれながら一歩踏み出すと、足がずぶずぶと雪に飲み込まれた。靴の隙間から滑り込んだ雪が体温で溶け出して水になる。水は靴の中をぐちゃぐちゃにし、つま先をひどく冷やした。
 寒い。冷たい。風が強い。波乱を暗示するような荒天となった2月24日(木)、石川県知事選挙が告示された(3月13日投開票)。

 私は告示日の朝から3日間、石川県内で行なわれる各候補者の演説会場を回ってきた。まだ誰も踏み固めていない雪の上に足を置くと、一気に膝まで埋もれた。すっかり雪まみれになった私を見て、そばにいた地元の男性が笑いながら話しかけてきた。
「今回の知事選もあんたと同じでぐちゃぐちゃよ(笑)。本当にややこしい。『横一線』の大激戦で、誰が当選するかは最後までわからんね」

 男性は膝下まである長靴を履いていた。私はくるぶしまでしかない防水のトレッキングシューズだった。私の格好は明らかに石川県の中で浮いていた。
「どっからきたの? わざわざ東京から!? 遠いところをご苦労さんだねえ。まあ、たしかに今回の知事選はよそからでも見にくる価値があるかもしれん」

 私に声をかけてくれたのは、この男性だけではなかった。取材用のカメラを持って演説会場に足を運ぶと、どこへ行っても気さくに話しかけられた。気温は低くても石川県民はあたたかい。そして驚いたことに、拙著『コロナ時代の選挙漫遊記』(集英社刊)の読者からも何回か声をかけてもらった。そのうちの一人は自民党の市議だった。
「あ! 畠山さん! オレ、選挙漫遊記、発売直後に政務調査費で買いましたよ!」

 突然の呼びかけに驚いた。政務調査費で買ったと聞かされて反応に困った。私より少し年長だという市議は興奮した様子で話を続けた。
「あの本に出てくる選挙と比べても、今回の石川県知事選挙は、1、2を争う非常に複雑な構図の選挙だと思いますよ!」

 私が質問をする前に、その男性市議は石川県政の歴史を解説してくれた。
「石川県で今ご存命のほとんどの人は、人生のうちで2人しか知事を知らないんです。60代、70代……いや、物心ついてからだと、80代の人もそうかもしれん。今の谷本正憲知事が7期28年、その前の中西陽一知事が8期31年。石川県はもう60年近く保守系知事が続く保守王国なんですよ。だけどね……」

 彼は一息入れてから言葉を続けた。
「谷本さんが進退を明言する前の昨年7月に、馳浩さんが『後継だ』と言って名乗りを上げたところから歯車が狂ってきた。その後、山田修路さんが名乗りを上げた。そして前から出ると囁かれていた山野之義さんも出馬を表明した。28年ぶりの『現職不在の知事選』に保守系が3人立候補する『保守分裂』選挙になっているんです」

ややこしい構図に困る有権者

 誰が当選しても「新しい知事」が誕生する今回の石川県知事選挙には、届出順に次の5人が立候補している。いずれも無所属の新人だ。

 飯森博子(いいもりひろこ)/(62歳=共産推薦)・新日本婦人の会県本部会長
 山野之義(やまのゆきよし)/(59歳)・前金沢市長
 山田修路(やまだしゅうじ)/(67歳=立民県連推薦)・前参院議員
 馳浩(はせひろし)/(60歳=維新推薦)・元文部科学相
 岡野晴夫(おかのはるお)/(71歳)元会社員

 構図としてわかりやすいのは、共産党の推薦を受ける飯森博子候補と無所属の岡野晴夫候補の2人だろう。ところが自民党系の無所属候補、山野、山田、馳の3候補(届出順)を取り巻く状況が非常にややこしい。
 まず、自民党石川県連は、山田修路氏、馳浩氏の2人を同時に「支持」した上で自主投票とした。公明党も自主投票だ。
 一方、知事選の直前まで金沢市長を務めていた山野氏は、出馬表明の遅れもあって自民党県連からの「支持」は得ていない。しかし、自民党の一部県議や市議、「石川維新の会」の幹事長・小林誠県議の「後援会メンバー」らが支援している。

 さらに複雑なのは、自民党の前参議院議員(石川県選出)を8年務めた山田氏が、自民党県連の「支持」だけでなく、立憲民主党石川県連からも推薦を受けたことだ。山田氏は社民県連合からの支援、そして、連合石川の推薦も受ける。そのため山田氏の演説会場では、自民党の西田昭二衆議院議員(石川3区)と立憲民主党の近藤和也衆議院議員(比例北陸信越ブロック)が同席してマイクを握るシーンも見られた。西田議員と近藤議員は昨年の総選挙で直接対決したばかりだ。

 そんな中、参議院1期、衆議院7期の計27年間国会議員を務めた元文科相の馳浩氏には日本維新の会が単独推薦を出している。馳氏の出陣式には、日本維新の会の藤田文武幹事長も駆けつけて挨拶した。馳氏の活動には、安倍晋三元首相、高市早苗政調会長、小泉進次郎衆議院議員など、中央政界の著名人が複数応援に駆けつけている。

 各陣営の選挙事務所を回ってみると、複数の事務所に「為書」を送っている首長がいることがわかった。同じ場所で行なわれた複数の陣営の街頭演説でマイクを握る首長もいた。それぞれの立場や思いが複雑に入り組んでいる。そのため有権者の中には「保守系の3人の違いがわからない」「誰に入れるべきかものすごく迷う」と正直に話す人もいた。

 どうだろう。石川県の人が口を揃えて「ややこしい」と言うのだから、石川県以外の人には、もう、なにがなんだかわからないのではないだろうか。

現職・谷本正憲知事の動向

 大混戦の中で気になるのが現職の谷本正憲知事の動向だ。谷本知事は、山野氏、山田氏、馳氏の3陣営(届出順)の出陣式に激励のメッセージを寄せた。告示2日後の2月26日には、3陣営の事務所を届出順に回って陣中見舞いをした。保守系3陣営はいずれも谷本県政を高く評価する立場だが、谷本知事自身は明確な「後継指名」をしていない。そのことも今回の知事選をわかりにくくしている一因だ。

 ここで石川県の選挙区事情を簡単に振り返ってみよう。今年3月1日時点での選挙人名簿登録者数は945,307人。そのうち金沢市は376,237人。実に39.8%を占める大票田だ。今回立候補している3人の保守系候補のうち、唯一、自民党県連からの「支持」を得ていない山野氏が接戦に加わっている理由がここにある。金沢市長としての3期11年2カ月にわたる行政手腕は市民から高い評価を受けていた。
「金沢市は山野さんが強いと思いますよ。馳さんも衆議院議員時代は1区でしたけど、市民との距離感は山野さんの方が近いと思います」(金沢市内で飲食店を経営する男性)

 しかし、石川県は広い。加賀地方や能登地方に足を運ぶと、山野氏の知名度はあまり高くなかった。時折、山野氏のキャッチコピーである「未来への約束」というのぼり旗を見つけることはできた。しかし、その数は山田氏ののぼり旗に比べると圧倒的に少ない。

 逆に金沢市以外の地域で知名度が高かったのは、全県を選挙区としていた参議院議員の山田修路氏だった。能登地方で見かけた自民党の広報板には「まるっと石川 即戦力」というコピーとともに、男性のシルエットが描かれたポスターが数多く掲示されていた。山田氏が自民党の議員と一緒に並んだ「のぼり旗」も各所で見られた。

 見た目の選挙運動が一番「派手」なのが馳浩氏だ。SNSでの発信も候補者の中で一番多い。県内各地での街頭演説には地元の地方議員が同席して簡単な応援演説をする。大きな集会では誰もが知っているような著名人をゲストに招く。出馬表明も昨年7月と一番早かった。文科相としての知名度、人脈の広さでは他の候補を一歩リードしているように見える。
 ただし、街中で行なわれる街頭演説に集まる人の数は、しっかり動員して行っている山野氏、山田氏に比べて少ないケースが見られた。

子どもの医療費拡充を訴える飯森候補

 それでは各陣営はどんな選挙戦を展開しているのか。まずは出発式や出陣式の場所と集まった人数を「届出順」に書いてみる。

 飯森博子氏出発式:金沢市の金沢駅東口/100人(陣営発表)
 山野之義氏出陣式:金沢市内の石川護国神社/800人(陣営発表)
 山田修路氏出陣式:白山市内の白山比咩神社/1300人(陣営発表)
 馳浩氏出陣式:金沢市内の尾山神社/約1650人(陣営発表)
 岡野晴夫氏:出発式、出陣式などは行なわず

 飯森博子氏は新日本婦人の会石川県本部会長で、36年間にわたって「子どもの医療費窓口無料化」を求めて県や金沢市に要望を続けてきた。医療費窓口無料化は長年の活動の結果、2015年に道が開かれたという。出発式の会場では、同会の女性メンバーが手書きの応援メッセージカードが貼られたボードを持って見守った。

 街宣車の「専任アナウンサー」を務めるのは、飯森氏が経営する算数塾に通っていた元教え子の女性(23)だ。「中学校まで不登校だった」と話す彼女は飯森氏との出会い、飯森氏から学んだことを素朴な語り口で紹介する。それを隣で聞いた飯森氏は、真っ先にボランティアに手を挙げてくれた元教え子の成長した姿に感極まり、涙を拭った。

 飯森氏はマイクを握ると「子どもの医療費拡充・自己負担ゼロ」「少人数学級の実現」などの政策を訴えた。とくに力を込めたのが「医療費拡充」だ。石川県の子どもの医療費の助成対象年齢は「4歳まで」と全国的にも低い。石川県のように「通院4歳未満」までの助成は全国で4県しかない。法定ビラには「25県は入院中学卒業まで」と書かれていた。飯森氏の選挙公報には拡充対象は「中学卒業まで」と書かれていたが、街頭演説ではさらに年齢層が広げられていた。

「この選挙で、なんとしても子どもの医療費無料を全県で18歳まで! 県の助成を増やして、各市町の負担を減らして実現したい。高校までお金の心配がなく、病院へすぐ飛んでいける。お母さん方、お父さん、子どもさん。その負担、子育て支援を石川県ができる。そういうあたたかい県政になってほしい。学校へ行けない子どもたち、心を傷つけている子どもたちに少人数学級であたたかい声をかけてあげ、本当に生きていていいんだという思いをもってもらえる。そういう少人数学級を何とか実現したい」

 演説の中では、告示前に行なわれた2回の公開討論会の感想をこう話した。
「トップにある人は、みんなとともに考えるにあたって、『私はこうありたい』と言うべきだと私は思いました。でも(山野氏、山田氏、馳氏の3人には)、そのお答えはありませんでした。私は少し寂しかったです。実績もあり、国会議員もしている人たちがなぜこういう答えしか出せないのか。敵でありながらも、もう少し、骨太のお答えを期待したかったのです」

 本当に残念だ、という顔を見せた飯森氏は、自身の演説をこう締めくくった。
「そういう答えもない人たちに政治は任せられない! どうぞみなさん、私と一緒に、命と暮らしを守る、あたたかい、本当に人々を応援する、若者が希望を持って、子どもたちに豊かな教育と平和が手渡せて、一人ひとりがこの石川県に住んで本当によかったと思える県政をご一緒に実現していきましょう」

現場に一番近い知事を目指す山野候補

 続いては山野之義氏の活動を紹介する。まずは告示日の夜に金沢市内で開いた個人演説会を訪ねると、山野氏が妻とともに入り口で参加者たちを出迎えていた。山野氏は家族総出で選挙を行っており、長男が「本人の長男」「本人の娘」というたすきを着けて沿道で手を振る姿も見られた。この日の個人演説会場には約100人が出席。山野氏を支援する「有志の会」の会長は、会場に向かってこう呼びかけた。

「今日ご来場いただきました皆様方は、これまで小林誠を支援している小林誠の後援会の方々が大多数だと思っております」
 小林誠氏とは、石川維新の会幹事長だ。有志の会の会長は、小林誠連合後援会の副会長でもあるという。小林氏自身は党本部との関係もあり、なかなか表には出られない。
「維新は今回の選挙では別の候補者(馳浩氏)を推薦いたしましたが、小林誠後援会は結束し、山野之義を全面的に応援いたします!」

 会場から大きな拍手が起きると、山野氏は立ち上がって参加者に深々と頭を下げた。そしてマイクを持ち、金沢市長時代の実績を次のように話した。
「ちょっと生意気なことを言いますけど、金沢市長として一定の評価をいただける仕事をしてきたという自負もありました」

 山野氏が聴衆にアピールしたのは徹底的な現場主義だ。
「僕は365日休みませんでした。休まないと決めて仕事をしてきました。徹底的に現場にこだわった仕事をしてきました。なぜか。現場にこそ、いろいろな課題があります。現場にこそ、課題を解決するヒントがあります。現場にこそ、汗を流している方たちの思いがあるからです」

 山野氏のキャッチコピーは「未来への約束を果たすために これからも現場に一番近く」だ。配布されたビラには「移動知事室を準備して石川県内走り回ります(※通信機器を完備し移動しながら知事執務が可能な公用車)」とのイラストが大きく描かれていた。

「金沢市長は金沢市の都市経営者。今度は石川県という県のマネージャーとして、県のマネジメントを行っていく。知事に就任したら、県、市長と町長の定期的な意見交換会を行っていく。県と市と町が共通の危機感、共通の問題意識を持って、県民の皆さんに迅速に伝える。それによって県民の皆さんに安心感を持ってもらう。僕はこれからのコロナ対策で最も大切なことは、そのことだと思っています」

 その翌日、山野氏の事務所を訪ねると、手伝いに来ていた自民党の喜多浩一金沢市議が話をしてくれた。
「自民党の地方議員は、県会議員、市会議員、町会議員で2〜300人いるけど、うちに来たのは10人おるかおらんか。正直、少ないです。でもね、山野さんは自民党系といっても、ベタベタの自民党ではない。ずっと組織に頼らない戦い方をしてきた人。山野さんは根っからの営業マンで、自分の足だけで、市議、市長にステップアップしてきた。一人ひとりが手をつないでやっていく選挙です。だから心配はしていません」

 それにしても、応援する地方議員があまりにも少なくありませんか?
「自民党から『山野応援したら除名や』って言われてるんでね(笑)。まあ、『処分や』という話ですけど、私は『こいや。いつでも処分受けるぞ』と思ってます。あっち側は大所帯だけど、そんなの関係ねえから。とにかく面白い選挙ですよ(笑)」
 喜多市議は「あ、いかんいかん。しゃべりすぎだ」と言って去っていった。

超党派で全県的な活動を重ねる山田修路候補

 山田修路氏は加賀市の出身だ。そのため告示日の活動は加賀市を中心に行なわれた。初日の街頭演説は10カ所だったが、2日目からは15〜18カ所に増え、かなり細かいスケジュールが事前にSNSで公表されている。参議院議員だった山田氏の選挙区は石川県全域だったこともあり、全県での選挙経験は今回の候補者の中で一番豊富だ。

 各地区で行なわれる会場に先回りすると、30分以上前から聴衆が集まっていた。聴衆の数は50人のときもあれば100人近いときもある。いずれも地元の議員や名士がしっかりと声がけをしている。告知されるスケジュールが「14:00」や「15:15」だけでなく、「13:17」「14:37」「17:38」などと分刻みなのも、組織力のすごさを物語っている。

 演説が行なわれる予定の小さな公園で「どうして今日は山田さんの遊説を聞きに来たんですか」と集まってきた男性に聞いてみた。
「区長さんに声かけてもらったからよー」
 すると、その答えをそばで聞いていた区長の男性が笑いながら言った。
「ちがうちがう。そこは『新聞に予定が載ってたから』って答えないと。山田さんを自主的に応援に集まったと言ってほしい」

 会場の多くはもともと人通りが多い場所ではない。大きな道路沿いでもない。地元の人たちが集まりやすい場所が演説会場として選ばれている。つまり、地元の人や地方議員が現地の活動を回している。一方で、SNSの活用も多すぎず、少なすぎない。そして定期的に見やすく編集されたメッセージ動画が送られてくる。馳氏の陣営と同じく、陣営にSNS慣れしたスタッフがいることがうかがえた。

 山田氏が各地の演説で取り上げていたのが「人口減少問題」だ。初日の加賀市ではこんな演説をしていた。
「加賀市もコロナの影響があったり、観光客の方が少なくなったり、いろんな形で製造業やその他の産業が影響を受けている。また、農業の方も、お米の値段が下がっているということで、なかなか厳しい状況にあると思っております」

 そんな地域を活性化させるのが「2年後に敦賀まで開通する北陸新幹線」だという。
「石川県の温泉地からすれば、片山津や山城や山中に泊まってもらって、そして、(福井県の)永平寺や東尋坊や恐竜博物館などをぐるっと回っていただく。あるいは行ったり来たりしながらこの地域を楽しんでいただく。そういう意味では、新幹線の開業効果を最も受けることができるのは私は加賀市じゃないかと思っています」

 山田氏は「石川県と福井県が観光などの協定を結んでしっかりとお互いに行き来をするような観光ルートを整備していく」とも強調した。そして、「テレワークによる移住や定住の可能性」にも触れた。

「東京に住まなくても、2週間に1回、東京に新幹線で行って日帰りで帰ってくる。そしてあとは家でパソコンやSNSを使いながら仕事をする。豊かな自然の中で生活をしながら、仕事をすることも可能になってきています。工場誘致のような大きなものをドーンとホームランを打つように狙うのではなくて、小さい安打を重ねていけば、また地域は豊かになっていくと思います」

 石川県の選挙を見て感じたことがある。候補者の演説も熱いが、応援する人たちも熱い。
 山田氏が来る前に演説をしていた男性はこう言った。

「加賀市は大変ややこしくなってしまいました。やっぱり自分らの思いは、加賀市民は加賀市の者を推すんじゃと。これが当たり前やと。そう思います。この間オリンピックがありました。オリンピックで日本を応援するの、日本人は当たり前です。ということは、加賀市出身の山田さん、推すのが当たり前だと皆さん思いませんか!」
 この言葉を理解するには前提が必要だろう。加賀市の宮元陸市長は告示日に行なわれた馳氏の出陣式に出席し、「県内市長町長を代表」して挨拶をしていたのだった。

 別の日に山田氏の選挙事務所を訪ねると、石坂修一石川県議が話を聞かせてくれた。無所属の石坂県議は、今回、山田選対全体の本部長代行と金沢市の選対本部長を務めている。

「自民党は自主投票ですが、地方議員の数でいうと、かなりの数の議員が山田さんにつきました。非自民の中では圧倒的に山田さんが多い。自民党の議員さんは、馳さんと山田さんを両方ずっと見てきたわけ。その2人を比較したときに『山田さんがいい』という方が県議の比率でいうと、2対1ぐらいで山田さん。非自民の今まで山田さんに一票も入れていない人たちがこぞって山田さんにきた理由も、山田さんの人柄や信頼性だと思うんです。

 立憲民主党の近藤和也衆議院議員だって、今まで自民党と選挙でバチバチやっていた人。その人が今回推薦しているのも、山田さんなら県民党で偏らない。公平な政治をやってもらえるという信頼感があるからですよ」

 馳候補陣営は中央から有名な応援弁士をたくさん呼んでいます。焦りませんか。
「あれだけ闇雲に入れるのがいいのか悪いのかという問題もありますよね。あまり入れすぎると『有権者は県民であって永田町じゃないよ』という反発もある。もう一つ、国会議員クラスが来たら、当然、県会議員クラスが対応せにゃならん。ということは、その県会議員は票集めをしていられなくなる。逆に言うと、馳陣営は著名人を呼ぶ方法でしか人を集められないという見方だってできるんです。特に今回は同じ安倍派の中で2人(山田氏と馳氏)が争って、少なくとも東京の方の論理では、『もう馳で決まりだな』と思っていたと思う。ところが蓋を開けてみたら、自民党系の町会議員とか市会議員たちが、馳さんが出るとわかっていながら山田さんにアプローチをしたわけ。それは逆の言い方をしたら、『馳さんは嫌だ』ということになるよね」

中央との強くて太いパイプを強調する馳浩候補

 この選挙の複雑さは、馳浩氏の活動を見てもよく伝わってきた。そして周りを固める人たちもかなりヒートアップしていることもわかった。告示日に行なわれた馳氏の出陣式では、馳浩候補本人よりも長い時間演説してしまう応援弁士がいたからだ。

 先に述べたように、馳氏の出陣式には日本維新の会の藤田文武幹事長、公明党県本部代表の増江啓石川県議、加賀市の宮元陸市長が出席した。
 最初にマイクを握ったのは、選対本部長の佐々木紀衆議院議員だ。
「馳候補は政策力、決断力、実行力、発信力、どれをとっても誰にも負けないものがございます。なによりも国との太くて強いパイプがございます!」

 佐々木議員は、菅義偉前首相、林芳正外相、高市早苗政調会長、河野太郎広報本部長など、馳氏を応援する政治家の名前をどんどん並べていく。出陣式の会場では、安倍晋三元首相や小泉進次郎衆議院議員などがやってくる演説会の案内も配られていた。佐々木議員の話に、より一層熱がこもる。

「これだけ多くの皆様が、手弁当で、自ら馳候補の応援に行きたいと言っていただいているわけでございます。まあ、一部、東京からの圧力だと揶揄する方もいますけれども、私は、これまで10年足らずの国会議員生活の中で、議員の仲間一人、ネットワークをつくれなかったかを恥じるべきであり、批判するには当たらないと思っております!」
 激しい。具体的な名前は挙げないが、明らかに対立候補のことを指していた。

 続いて挨拶をしたのは馳浩連合後援会長で、元日本医師会常任理事の小森貴氏だ。式次第には小森氏の挨拶時間は(3分)と書かれていたが、小森氏は予定の2倍以上の6分20秒も熱弁を振るった。ちなみに馳候補本人の決意表明は(10分)と書かれていたが、実際の演説時間は5分50秒。後援会長の演説は候補者よりも長かった。

「馳候補は27年間の国会議員の生活におきまして、実に37本もの議員立法を成立させました。これは憲政史上最多であります! 議員立法は自由民主党、公明党、日本維新、さらには政府与党、そして数多くの野党の方々、信頼関係、そして政府関係者の熱い思いが一つにまとまってはじめて成立するものであります!」

 小森氏も対立候補を強く意識した演説をする。
「この石川県。漁業、林業、農業、ここに詳しいだけでは仕事にならないのであります!」
 会場に集まった人たちの頭には、明らかに元農水官僚出身の候補者が浮かんだはずだ。

「ときの農林水産大臣にすぐにホットラインで電話を申し込み、『そうか、馳さんがそう言うんだったらわかった』。これが力というものであります! 建設、土木、機械、半導体、観光業、医療介護、看護。すべての分野において時の経済産業大臣、農林水産大臣、国土交通大臣、厚生労働大臣、官房長官、そして総理に、直接、直にお話をする。いや、むしろ彼らが『馳さんがそういうのであれば間違いないだろう。馳がそういうのであれば納得した。馳がそういうのであれば日本のためになる。そして石川県のためになる。だから俺たちは心を一つにして馳を石川県知事としてまつりあげ、そして一緒に強い日本、強い日本をつくっていくんだ』。このような気持ちになってくださればこそ、我々が馳を石川県知事に推しているのであります。そうではありませんか!」

 対立候補の山田候補の出身地である加賀市の宮元陸市長の演説もこれまた激しかった。
「いよいよ関ヶ原! 皇国の興廃この一戦にあり! ということであります! 我々、公の立場をいただいております。とりわけ基礎自治体の首長は、いつ、いかなる時も市民の方々に自らの考え方をしっかりとご説明しなきゃいかんわけです。ましていわんや石川の将来、そして我々にとっては加賀市の将来を決める、非常に重要な選挙の時にですね、皆さん方、市民の多くの皆さん方に説明をするのは、もう義務と責任なんです! それをやらずに保身に走るということは許されないです! 皆さん、そうでしょう! 私は自分を守ることは捨てて、今日この場に来ているわけであります。泉谷さん(泉谷満寿裕珠洲市長)もそう、宮橋さん(宮橋勝栄小松市長)もそう。覚悟を決めているわけであります!」

 応援弁士の演説があまりにも熱い。そのため馳氏の演説はむしろ冷静に聞こえた。馳氏は出陣式での決意表明の冒頭に、得意の俳句を詠んでいる。

「最初に一句申し上げます! (詠むのは)皆さんの熱気です。『この雪を 溶かす 石川新時代』『この雪を 溶かす 石川新時代』。確信をしました! 皆さんの熱い思いが先ほどから(境内の木に積もった)雪を溶かして、上からポタポタと落ちてきております。みんなで協力をして、この石川県をもっと良くしていこう、もっと前へ動かしていこう。そんな思いを作り上げることが大事なんじゃないでしょうか!」

 会場から拍手は起きた。しかし、応援弁士の演説で熱くなった会場の空気が少し落ち着いたように感じた。
 馳氏がアピールしたのは国会議員時代に尽力した議員立法。そして文科相としての実績だ。そして自分自身の人生と重ね合わせながら、「社会的弱者といわれる皆さんのために、県政を通じて、多くの声を拾い上げて支えていく。そういう、優しい政治をしていくこともぜひとも推進していきたいと思っています」とも訴えた。

 私は3日間、馳氏が県内で行った街頭演説を複数箇所で見た。回を重ねるごとに、デジタルトランスフォーメーションの必要性や人口減少対策、地球温暖化対策などの具体的な政策も語られるようになっていた。

この選挙の複雑さは、告示日初日に自民党の中村勲県議の自宅前で行なわれた街頭演説でもわかった。中村県議の自宅を囲む壁には、自民党の国会議員や地方議員の看板がこれでもかとばかりに掲げられている。その真ん中には、馳浩氏と山田修路氏の看板が並んでいた。

14時4分に立候補を届け出た岡野晴夫候補

 当初、この選挙は「4人の候補による選挙戦」になると見られていた。事前に石川県選挙管理委員会に問い合わせをし、立候補の準備を進めてきたのが4人だったからだ。
 告示日24日午前中の段階では、飯森候補、山野候補、山田候補、馳浩候補の4人が立候補を届け出た。お昼のニュースでも「知事選には現在までに4氏が届出」と報じられていた。私は一人で4候補の選挙戦をカバーするため、朝から石川県内を車で走り回っていた。

 ところが、である。午後4時すぎにカーラジオから「5人目の候補者」が紹介されたのだ。
 候補者の名前は岡野晴夫氏(71歳)。驚いた私はすぐに車を停め、石川県選挙管理委員会に問い合わせた。
「事前に選管に問い合わせなどはありませんでした。当日、選挙管理委員会にいらして、14時4分に立候補届出が受理されました」

 岡野さんは選挙公報や政見放送は申し込まれたんでしょうか?
「選挙公報の原稿締切は明日の夕方ですが、まだ提出いただいてはいません。おそらく申し込まれると思います」
 たしかに立候補の受付時間は朝8時30分から17時までだ。私も普段の選挙取材であれば、告示日は選挙管理委員会に朝から夕方まで張り付いて最後の立候補者まで見届ける。しかし、今回は短期取材という制約があったため、4人の候補を追うことを優先した。そのため岡野氏が立候補を届け出る場面には立ち会えなかった。

 さっそく岡野氏が届け出た選挙事務所の電話番号に電話した。しかし、誰も出なかった。留守番電話だ。困った。これはもう選挙事務所に行くしかない。選管に届けられた事務所の住所に向かい、インターホンを押すと男性の声がした。名前を名乗り、岡野候補に話を聞きたいと申し出ると、インターホン越しに男性は言った。
「今、晴夫はおりません。戻る時間もまったくわかりません。家族に黙って朝出ていったきり、戻らないんです。もう帰ってこないかもしれません」

 岡野晴夫さんが知事選挙に立候補されたので訪ねてきたんです。
「いやあ、それはもう、家族は初耳なんで当惑しています。立候補の相談はまったくありませんでした。家族としてはまったく迷惑な話です」

 車で出かけられたのでしょうか。携帯電話はお持ちではありませんか。
「車の免許は持っていません。携帯電話も持っていません。私は家族の者ですけど、私も連絡の取りようがないんです。今日はもう勘弁してください。こっちも迷惑しとるんで」

 その日の夜、地元テレビのニュースを見ていると、岡野候補が県庁前で話している様子が流れた。「第一声」というよりも、県庁に詰めていた記者たちのグループインタビューに答えている様子を撮影したもののようだった。
 告示翌日の2月25日付け地元紙・北國新聞の報道によると、岡野氏は「この日の朝刊で知事選の記事を読み、『ほかの4候補では県民にとって満足できない』との思いで立候補を決断したという」と書かれていた。

 私は翌日の午後3時過ぎ。4候補の街頭演説取材の合間を縫って、県庁内の石川県選挙管理委員会を訪れた。岡野候補が選挙公報の原稿を提出に来ると考えたからだ。県庁に車を停めて選挙管理委員会を訪ねると、職員が教えてくれた。
「岡野さんは先ほどお見えになって、選挙公報の原稿を提出されました」

 いつですか?
「ほんの10分ほど前です。もうお帰りになりました」
 その言葉を聞いて走った。県庁前のバス停を探した。しかし、岡野候補の姿は見えなかった。すぐに車に乗り、再び岡野候補の選挙事務所を訪ねた。昨晩に続いてインターホンを押すと、昨日と同じ男性の声がした。
「あ、昨日こられた方ですか。本人呼びますんで、ちょっと待っててください」
 岡野候補は帰宅していた。ご家族が家の中で「記者の人が来てる」と声をかけてくれたのがわかった。

 しかし、玄関の扉の外で5分待っても現れない。もう一度インターホンを押すと、今度はご家族が扉を開けてくれて「まだ来てませんか?」という。ご家族が再度岡野候補に私の訪問を告げると、ようやく岡野候補が玄関まで出てきてくれた。

 選挙を取材している畠山と申します。岡野さんが立候補された理由や訴えたい政策をうかがいたいと思ってお邪魔しました。
「えっと、すごく疲れてるもんで。申し訳ないですけど。ごめんなさい」

 一番訴えたい政策だけでも教えていただけませんか。
「一応、選挙公報が出るんで、それを見てもらえれば」

 せめてお写真を一枚だけでも撮らせていただけませんか。他の方は写真が載るので不公平にならないように。
「いやあ、もう、本当に疲れとるんです。ごめんなさい」

 岡野候補はそう言うと、玄関先を立ち去り、家の奥へと入ってしまった。私が何度呼びかけても、もう戻ってきてはくれなかった。世の中にはいろんな立候補の形がある。

いよいよ明日3月13日が投票日

 今、石川県知事選挙は最終盤を迎えている。この知事選は告示前からたびたび情勢調査が行なわれており、当初から激戦が予想されていた。しかし、直近の各種報道を見ると、まだ混戦が続いている。報じるメディアによって、最初に出てくる候補者の名前が違うのだ。誰に聞いても「大接戦」「最後までわからん」との声が聞こえてくる。

 しかし、各陣営の選挙現場に足を運ぶと、候補者や支持者の熱がストレートに伝わってくる。誰もが自分の応援する候補への支援の輪を広げようと一生懸命になっている。現場に身を置けば、自分の感覚に一番ぴったりくる候補が誰なのかわかるはずだ。ただし、各陣営の熱が知事選に関心を持たない有権者に広がるかどうかはわからない。

 なにしろ前回知事選の投票率は、わずか39.07%だった。税金から5億3千万円以上もの経費が使われるイベントなのに、実に6割以上の有権者が貴重な票を捨てていた。

 激戦となった今回の知事選では、いまのところ期日前投票者数は順調に伸びている。期日前投票が始まった2月25日から3月6日までの10日間で、すでに前回知事選の1.79倍の11万2千人以上が期日前投票を済ませた。このまま伸びていけば投票率は上がるはずだ。

 誰に投票するかを悩んでいる人は、ぜひ、候補者本人を生で見てほしい。できればすべての候補を直接見て比較してほしい。そうすれば投票した後に後悔する可能性は低くなる。
 投票日は3月13日。一票を投じる権利を持つ有権者は、ぜひ権利を行使してほしい。

【石川県選挙管理委員会/石川県知事選挙 候補者等情報】


選挙ドットコム 3月13日投票 石川県知事選挙候補者情報

この記事をシェアする

畠山理仁

フリーランスライター。第15回開高健ノンフィクション賞受賞作『黙殺 報じられない“無頼系独立候補”たちの戦い』(集英社)著者。他に『記者会見ゲリラ戦記』(扶桑社新書)、『領土問題、私はこう考える!』(集英社)など。興味テーマは選挙と政治家。

選挙ドットコムの最新記事をお届けします

関連記事

【沖縄】米軍那覇軍港の移設問題は?コロナ対策は?浦添市長選は現職と新人の一騎打ち!

2021/02/05

【7月4日(土)20時30分生配信】緊急企画! 都知事選候補者にMC乙武が直撃!有権者が #最後にどうしても聞きたいこと

2020/07/03

【参院選・鹿児島】自民の牙城に“事件”発生!?情勢が変わりゆく激戦区を分析!

2025/05/21

モバイルバージョンを終了