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「年の離れた兄弟みたい」と言われた橋本龍太郎 元総理との関係は?その後なぜハワイで放浪?乙武洋匡が立憲民主党・江田憲司氏に迫る!

2021/9/17

選挙ドットコム編集部

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選挙ドットコムでは、乙武洋匡氏をMCに迎え選挙や政治の情報をわかりやすくお伝えするYouTube番組「選挙ドットコムちゃんねる」を毎週更新中です。

今回は2021年7月9日に公開された対談の様子をご紹介。ゲストは立憲民主党・江田憲司議員です。官僚時代の話や各首相との思い出について伺いました。

大人気のインスタグラムアカウントについて

「お話しが聞けるのを楽しみにしていました」と切り出す乙武氏。この日の対談では、江田議員の素顔に迫ります。

東京大学卒業後、当時の通商産業省に入省した江田議員。乙武氏が、「キラキラのプロフィールだから、きちっとしたイメージをみんな持っていると思う。そんなイメージを崩したい」と話し、江田議員も「崩したいですね」と答えます。

最初の話題は、江田議員のインスタグラムアカウントについて。大人気のグルメ紹介用アカウントは、いつ頃から始められたのでしょうか?

江田議員は、「テイクアウトの紹介は、コロナが始まってから本格化した。唯一の趣味が全国の食べ歩き。コロナが襲って地元の飲食店が困っていたから、お弁当を紹介しようと思った。『来てくれて嬉しい』とお店の人が言ってくれたら、やった甲斐があったと思える」と話しました。

 

総理秘書官も務めていた

橋本龍太郎元総理の秘書官を務めた経験もある江田議員。秘書官時代は、どのようなお仕事をされていたのでしょうか。

江田議員は、「秘書官として、大臣が通商産業省に来た際の連絡役をしていた。通産大臣だった橋本氏がそのまま総理大臣になり、『ついてこい』と言われて総理秘書官になった。秘書官の仕事は、スケジュール管理や政策の立案など何でも屋。奥様よりも一緒にいる時間が長かった」と話しました。

乙武氏は、「そうなると相性が大事になってくるのでは?」と尋ねます。江田議員は、「(相性は)大事です。僕は秘書官タイプではなく、礼儀作法もなっていなければ、エチケットも知らなかった。でも、橋本元総理には『あなたは政策のことだけ考えておけば良い』と言われた

橋本元総理は〝威張る・怒る・拗ねる〟と永田町で言われ、近寄り難いと思われていたが、懐に飛び込むとこんなに楽な秘書官はなかった。礼儀作法・エチケットもいらなければ、雑務もいらない。僕が気をつかわなくても『気がつかえない』と言われたこともないし、『年の離れた兄弟みたい』と周りからは言われていた」と話しました。

続いて乙武氏は、「江田さんの場合はたまたま橋本元総理と相性が合ったから良かったが、相性が合わずに苦労する方もいるのですか?」と尋ねます。江田議員は、「今、某コロナ担当大臣は秘書官が続々変わっている。普通、秘書官は大臣が辞めるまでずっと一緒。相性が合わなかったり、難しい大臣に仕えたりした人は不幸だ。役所の人事だから、秘書官の依頼がきたら断れない」と話しました。

江田議員は秘書官になる以前、通商産業省から官邸へ出向していたそうで、海部内閣や宮澤内閣で施政方針演説を書いていたのだとか。

「出向した時はスピーチライターがもっと沢山いると思っていたが、自分一人だけだった。当時は32〜33歳で、経済のことしかやっていない通産省の人間だったから、書けなかった。総理大臣が出した過去の本や文章を読み、まえがき・あとがきを自分で書いた。間の部分は各省庁から短冊(これを盛り込んで欲しいという内容)を出してもらい、それを寄せ集めてひとつの演説案にしていた。書き終えたら総理大臣・官房長官・官房副長官・僕で集まり、5回ほど読会をやった。総理大臣が指摘した内容を修正して最終的に原稿が出来上がる流れだった」と話しました。

乙武氏は、「一国の首相のスピーチを自分が書くと思ったら緊張する」と話します。

江田議員は、「当時は自分の役所の大臣ですら会えないのに、いきなり総理大臣相手だから驚いた。海部元総理は村長みたいな良い人で、会った瞬間に緊張感がなくなった。次の宮澤総理は〝教養〟と言うのも憚れる(はばかれる)程のスゴい人で、『僕のような者が仕えていいのか』と思っていた」と話しました。

秘書官辞任後はハワイで放浪生活を続けていた


江田議員は、「初めて自分で決断して、42歳で人生をリセットした。それまでは問題意識が無くて『通産省は会社のデパートみたいなもの』と思って入省した。橋本元総理の秘書官になったのが僕の運命的な出会い。総理のところへ説明にくる役所の次官・官房長・局長の姿が、自分の20年後を見ているようだった。『こんなはずじゃなかった』と感じた。

入省したばかりの若手の官僚は、天下りしたいとか楽したいとは思っていなくて、国のために役立とうとしている。それが上に行けば行くほど、組織防衛とか天下り先を確保しようとする。『そういうことに長けた人間が上に行くんだな』と思った。だから、42歳の時は何の迷いもなしに総理大臣へ辞表を出した。橋本元総理は面倒見が悪いことで有名だったから、辞めた後のことは何も期待していなかった」と話しました

辞任後はハワイで放浪生活を続けていたという江田議員。

「フランス領・ワイン・食事が美味しいということで、本当はタヒチに行きたかった。でも、ビザが取れなかった。仕方がないから、ハワイの米国立イーストウェストセンターへ経歴を添えてメールしたら、2年と3年どちらがいいか?と返事がきて客員研究員になった。

『僕は勉強しに行くのではなく休暇を取りに行くんだ』と言っても許してもらえた。総理秘書官時代に日々の記録を残していて、それをハワイでまとめていた。1年後、原稿を日本へ持ち帰って『誰のせいで改革を失うのか』という本を出した」と紹介しました。

江田憲司氏プロフィール


1956年岡山県生まれ。東京大学法学部卒業後、旧通商産業省に入省。官房総務課、資源エネルギー庁等を経て、1987年、ハーバード大学国際問題研究所フェロー(特別研究員)。1990年、海部・宮澤内閣で首相官邸に出向(内閣副参事官)し、総理演説や国会対策を担当。その後、産業政策局、通商政策局等を経て、1994年、村山内閣で橋本龍太郎通産大臣秘書官。1996年、橋本内閣で総理大臣秘書官(政務担当)。内閣総辞職と同時に通産省には戻らず退官。 退官後、桐蔭横浜大学法学部客員教授等を経て、2002年、衆議院議員に無所属で初当選。その後、みんなの党(幹事長)、結いの党(代表)、維新の党(代表)、民進党(代表代行)を経て、現在、衆議院議員6期(無所属)。

 

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