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障害児は近くの幼稚園に入れない?! 怒りを原動力に出馬 (海津敦子・文京区議インタビュー)

2020/3/12

池田麻里

池田麻里

「女性議員が増えることで、本当に、暮らしやまちは良くなるのか?」--。

2018年5月に成立した「候補者男女均等法」では、女性候補の割合を50%にするよう政党に努力義務を求めています。女性議員の増加は、政治や社会にどんな変化をもたらすのでしょうか。政治の現場で活躍する女性議員へのインタビューを通じてその実情に迫ります。

今回は文京区議会議員の海津敦子さんです。テレビ局で不登校問題などの報道に携わったのち、家族の転勤で渡米。日本とアメリカで、障害児やその家族に対する対応の違いを知ったことも政治に関わるきっかけのひとつとのことでした。

障害児枠がいっぱいで、近くの幼稚園に入れない?!

池田:はじめまして。今日はよろしくお願いします。このインタビューはこれまで、20代、30代で初当選をした若手の方が多かったものですから、今回は社会で経験を積まれてきた海津さんが、どうして地方議員になろうとなさったのか、お聞きしたいと思っています。大学をご卒業後、就職をなさったときにも、政治へのご関心はお持ちでしたか?

海津:政治への関心は薄かったです。テレビ局の社会部で記者、ディレクターをしていたときは、その時々の時事問題も扱うとともに、教育についての関心は強かったので、不登校や山村留学等について取材をして報道しました。

期間は短かったですが政治経済部では総理番も経験しました。その時には政治の世界って不思議なところだなぁという印象を持ちました。

池田:不登校などの問題を扱っているときに、地方議員との接点はありましたか?

海津:全くないですね。国会議員へは仕事でインタビューをしたりすることはありましけど。国政は地方議会より情報も入ってくるし、自分の考え方や課題と照らし合わせて投票先を判断することができますが、地方議会が何をやっているのかは見えにくかったし、地方議員には全くと言っていいほど興味は薄かったですね。

池田:地方議会の情報は入りにくいかもしれないですね。

海津:入りにくかったのか、取りに行かなかったのか。自分の生活と地方議会が結びついているという認識は、当時はなかったです。

池田:ほかの方からは、出産や保育園問題をきっかけに地方政治に関心を持ったという声も聞いてきましたが、そういうことはありましたか?

海津:子供は3人おり、みんな成人していますが、当時は待機児童も大きな課題になっていなかったので、そこで関心を持つということはなかったです。ただ、転勤で4年間アメリカに住んでいて、帰国した際に、障害のある子供とその家族に対する支援のあり方が、日本とアメリカで大きく違っている。

おかしいな、ということで、日本で活動をしていくうちに、議会や議員を動かすことが必要だなと考えるようになりました。一番初めは、公立幼稚園にある障害児枠の問題です。各幼稚園に障害児は2名と決まっている。そうすると、自宅の近くの幼稚園が既に障害児2名を受け入れていたら、そこへ行けない。

離れた幼稚園に通わざるをえなくなってしまう。おかしい。予算としては、例えば障害児40人を受け入れるだけの加配職員分はある訳ですから、予算マックスまでは、どこの園で何人受入れようが運用は可能なはずです。そこで、請願を出そうということで動き始めました。

ただ、当時は残念ながらなかなか話が通じず苦労しました。結果的に理解を得て、全会派一致で請願を通すことができましたが、紆余曲折ありましたね。

池田:議員になる前に、議会の動かし方のコツを学ばれたのかもしれませんね(笑)

海津:議会の仕組みやどう施策に反映させるか、ということを知ることができました。

池田:請願などの活動はママ友さんたちとご一緒にやられていたのでしょうか?

海津:そうですね。障害を持つ子供たちの母親たちなどですね。私は記者をしていたので、課題がある、というときにどうアプローチして、どう調査をすればいいのかということは分かっていましたので請願という権利を行使したということです。

池田:その請願をきっかけに議員を目指すことになったのでしょうか?

海津:いえ、その時は違いますね。区、役所を動かすには、区民として声を届けていく、提案をしていくことで実現したことも多いですから、議員になるなど考えたこともありませんでした。

例えば、学童保育は学校から学童施設への移動に保護者が付き添わなければならなかったのです。でも、次世代育成支援対策推進法の子供育成理念からは、障害児の送迎を保護者に自己負担させることはその趣旨から外れる、と指摘しました。

幸い、文京区では障害児の在籍する学童保育には指導員が加配されていましたので、新たな予算も必要なく、その指導員さんに学校へ迎えに来てもらえばよい、と提案し採用されました。

議員に力を借りたケースもあります。学校で夏にプールに入ると思うのですが、障害児がプールに入る際には保護者や家族、家族が付添えない場合には人を雇って誰かが付添うことが必要でした。お金もかかります。

今だったら、文京区では起こり得ないことですが、当時でも、そうした負担はおかしいと思い、教育委員会へ掛け合ったのですが、進展しなかったので、区議会議員に議会の場で指摘をしてもらって、返金させるということができました。

「怒りが原動力」の勢いで出馬

池田:市民として良い提案もしてきて、議員に働きかける、というご経験もあった上で、ご自身が議員を目指されたのにはどんな理由があるのでしょうか?

海津:私は障害児の親ということもあり、インクルーシブ教育を進めているのですが、当時、小学校の卒業式では、障害児も健常児も分けずに五十音順で並んで、卒業証書を受け取ります。しかし、中学校へ進学すると、厳粛な式典なので特別支援学級と通常学級を分けて入学式を行うと言われました。何を言っているのだと。

調べてみても、特別支援学級と通常学級を分ける根拠もない。ただ、なかなかこういう問題は議会も動いてくれない。そういう怒りをつのらせておりましたら、友人に「自分が議員になったらいいじゃないの」と言われまして。「なるほどな」と。

池田:へぇ!

海津:それまでにも何度か議員になったら、というお声かけは頂いたのですが、その時は議員になろうとの思いは湧き上がってきませんでした。ただ、この時は怒りが強かったので。勢いに任せて選挙に出ようと、家族に話したら「どうぞ」ということで。子供たちも「いいんじゃない」って賛成してくれました。

でも本当に勢いだったから、候補者説明会も終わっていて、選挙管理委員会へ行って資料をもらってきたくらいでしたね。ポスター用の写真を撮りに行く予定にしていたのが、東日本大震災の3月11日でしたので、それも延期になって・・・。

池田:そうすると最初の選挙の選挙運動はどなたか教えてくださる方がいらっしゃって?

海津:いえいえ。選挙カーも作りませんでした。お金もなかったし、友人たちと日頃から選挙カーって騒がしいわよね、なんて話していたので。要らないよねと。

池田:その選対というか、選挙を手伝ってくれた方々というのは?

海津:ママ友が集まってきてくれました。その中に配偶者が選挙のお手伝いをした経験のある方がいて、その人に「ポスターは作った方がいいよ」と言われて、そうなのですねとポスターと公選葉書は作りました。あと本を読むと、政治団体だと政策チラシを配布できるということだったので、政治団体を作ってチラシを配布しました。

それから、政治家のチラシなどを見ると「推薦人」というのを見かけるな、と思いまして、信用できる推薦人をお願いしようということで、元副区長の方、それから以前からご縁のあった荒川区の西川区長、もう一人、医師で障害児の指定医をやっていらっしゃる方にお願いしました。

池田:本を読まれたとのことでしたが、それはいわゆる選挙のマニュアル本ですか?

海津:いえ、区が配布している候補者のしおり、ですね。ともかく、笑っちゃうぐらいの何もわからないままの立候補です。告示当日に立候補の届け出に行きますよね。そしたら、みんなタスキをかけて飛び出して行く。

私も選挙道具一式を受け取って、開けました。そしたら、タスキが入っていない。そこで、選挙管理委員会へ「あの、私のにはタスキが入っていないのですが?」って。「タスキは皆さん、ご自分で用意されるんですよ。」と言われて。

池田:笑

海津:それで、友人に電話して「タスキって自分で用意するんだって!」と話したら、友人が「腹帯があるから!」って。

池田:腹帯!妊婦さんのですよね!

海津:腹帯を縫ってタスキを作ってくれて、おまけに達筆だからマジックで「かいづあつこ」と書いてくれました。

池田:笑

海津:それで、そのタスキをかけて、街頭演説標記にも「かいづあつこ」と書けるからそれも書いて、それを持ってまちへ出ました。

池田:なるほど。はい。

海津:歩き始めて、歩いていると言っても、まぁ散歩です。友人たちとよもやま話をしながら歩いていて、向かいから人が来たら「海津敦子です。よろしくお願いします」と。

池田:え!?話しているというのは、演説するということではないのですね?

海津:ええ。しゃべりながら、前から来た方に「こんにちは」と挨拶をするだけ。

池田:ははー。それを選挙期間中ずっと。

海津:そうしていたら、見かねた方が「あれは選挙じゃない」「散歩だ」と心配してくださって、スピーカーを持ってきてくださりました。さらに、色んな方が心配して「私、昔ウグイス嬢やったことあるから」とマイクを握ってくださって。

ハンドスピーカーで「初めて選挙に挑戦しております海津敦子です」と。私自身も演説する予定もなかったので、マイクを渡されても、何を話したらいいか…、という感じでしたね。

池田:よく「練り歩き」ということで、商店街などを歩く話は聞きますが(笑)

海津:文京区内はくまなく歩きました。あっちに行っていないから、今日はそこへ行こうか、なんて、これまた散歩のノリで話しながら。

池田:その最初の選挙は、ご自身では勝算はありましたか?

海津:何にも考えていませんでしたね(笑)今だったら、絶対にやりません。

池田:怒りと問題意識があって、選挙にお出になったのですから、勝ちたいという思いが強かったのかと思いました。

海津:怒りからの勢いでした。ただ、障害児の課題や教育、支援を必要としている家庭の問題を良くしていくためには、役所と対等に渡り合える議員が不可欠との思いは強かったです。

私なら、知識は足りていないところは学んだり情報を収集すれば、役所の施策をしっかりと監視できると思っていました。

池田:議員になった後はそうだと思うのですが、選挙は勝たないといけませんので…。勝つための戦略というのは特になかったでしょうか?

海津:勝つために…。チラシを配布したことぐらいでしょうか。

池田:しっかりとした推薦人をお願いされたということは、それまでの海津さんの活動などへの信頼を高めたのではないでしょうか?

海津:そうですね。あとチラシの中に、具体的なことを書きました。当時、子供が義務教育課程にいて教育のど真ん中にいる、そして、大学で教鞭をとり、子育ての不安感に寄り添うことへの専門性がある、だからこそ具体的な提案を書きました。それはもしかしたら、差別化できたことかもしれません。

「女性だから」ではなく、自分が経験したから言えること

池田:さて、私は今の政治不信の状況で「女性」候補者というのはクリーンなイメージで見られることが多く、それはひとつの追い風ではないかと考えているのですが、海津さんは選挙において女性であることを意識されたことはありますか?

海津:ないですね。女性だからということではなく、自分が経験したことから言えるということは意識し発信してきました。

私は女性の政治家を増やすことも大事ですが、それ以上に、女性の管理職公務員を増やすことが大切だと考えています。国会中継を見ていても、そこにいる公務員はみな男性です。そこに女性がいないから施策に反映されない。提案し、施策化できる力を持った女性公務員が必要です。

女性議員が増えることが必要でないとは思いませんが、単に政治屋になってしまうのであれば意味がない。管理職公務員のうちの女性比率を上げていくことが大事。

池田:施策を作るところに女性がいることが大切というご指摘はもっともだと思います。

海津:女性議員が議会活動を円滑にできるような環境整備は必要だと思います。例えば、産休制度を設けるとかです。政治活動そのものは、その人のやり方で何を大事にするか、駅頭に立ったり、多くの行事に参加したいと考えるか、そうではないやり方をするか。

ですから、私は駅頭活動はやりません。が、ブログやレポートで活動の報告をしています。区民との対話や情報公開制度の活用、数値や法的根拠を示しながら、役所の施策をチェックしてどう指摘しているか、さらに対案としてどのような政策提案を行っているか等を綴っています。それを読んで共感してくださる方が声をかけてくださることもあります。

池田:ご自身が議員になられて、市民として動いていた時と違いはありますか?

海津:情報のスピードと量が違います。議会の場だけで全てが動く訳ではなく、日常の区役所との対話から提案もできますので、議員になったことは大きいです。

また、お困りごとの相談を受けることがありますが、今、届いた声はその方一人だけど、その後ろには大勢の人が同じように困っているかもしれません。だから、その声をどのように制度化していくか、それができるのが議員だと思います。

私は日頃から、議会、区役所にいる時間を確保して、区の職員とのコミュニケーションを大切にしています。ここにいるからこそできることがあると思います。

池田:政治活動の中でどうしても、自分が実現しました、ということをアピールせざるを得ない部分もありますよね。

海津:私は、私がやりました、というのはないと考えています。制度や政策を提案をするときに、実態を聞かせてくれる区民の方がいらっしゃる、同じ思いで活動してくださる方、区役所の職員もいる、だからチームですよね。チームで動いて初めて実現する。

池田:これまでのお話だと女性であるということを意識してはいらっしゃらないのだと思いますが、この連載のテーマでもあるので、あえて、女性ということのフィルターを通して考えていただいて、何かありますか?

海津:女性としてというよりは、私が体験した母親であること、妻であること、障害児の親であること、介護をしていること、そういう生活者としての実感が、女性的であると見られることはあると思います。

議員ひとり一人が、当事者目線というよりも、いつ自分が当事者になるか分からないし、自分の問題だという認識で施策を監視し、議論、提案ができたらいいと思います。そして、結果的に、そういう人が女性で、女性議員が増えたとしたらいいですね。

女性・男性問わずに「政治家になるのが目的」でなく、「~を実現したい」といった目的がある人に、議員になってほしいです。そういう人が増えたら議会は変わり、まちが変わると思います。

池田:ありがとうございました。

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池田麻里

池田麻里

池田麻里。 1975年生まれ。早稲田大学在学中に代議士事務所でインターンを経験。民間企業勤務を経て枝野幸男秘書へ。2007年さいたま市議会議員に初当選。3期12年にて引退。女性を政治の場へ送り出すために活動中。

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