7月2日に投開票が行われた東京都議会議員選挙では、都議会自民党が歴史的大敗を喫し、小池百合子都知事が率いた都民ファーストの会が第一党となる49議席を獲得する大躍進を遂げました。東京都のみならず他道府県からも注目を浴びた都議選では、報道機関等各社が情勢調査を実施していました。
しかし、その情勢調査で都民ファーストの会が第一党を担うと予測していたのは報道ベンチャーでテレビ局など報道各社への速報配信や世論調査を手がけるJX通信社と選挙ドットコムの2社のみと言っても良い状況でした。
なぜ、この2社は精度の高い情勢調査を行えたのでしょうか? また、その調査にはどのようなノウハウや知見があったのでしょうか?
今回はJX通信社代表取締役の米重克洋氏と選挙ドットコムの選挙アナリスト平木雅己・編集長増沢諒の3名で鼎談を行い、情勢調査をどのように捉え、実施し、獲得議席予測をしていったのか、今後の情勢調査について等、都議選を振り返りながら考えてみました。
-選挙ドットコム 選挙アナリスト 平木雅己(以下、平木)
本日はどうぞよろしくお願いいたします。
JX通信社では、今回の都議選の情勢調査をどのように実施したのでしょうか?
-JX通信社 代表取締役 米重克洋氏(以下、米重氏)
今回の都議選は非常に注目度の高い選挙でしたので、今年の1月から5月にかけて毎月1回ずつ、6月は2回、そして投開票前日に情勢調査を実施しました。定点観測をして、どのように世論が変化していくのかを見ていくためですね。
-選挙ドットコム 編集長 増沢諒(以下、増沢)
注目度の高さは選挙ドットコムでも感じていました。通常、大型選挙はその選挙の3ヶ月前頃から選挙ドットコムへのアクセスが増えるのですが、都議選に関する記事やページには半年前の昨年末から、多くの方に見られていました。最終的には1,200万PVを超えました。
そこで、選挙ドットコムでも3月から毎月、情勢調査を行っていました。選挙が近づくに連れて生々しい数値を公表するのは自粛していましたが、早い段階から都民ファーストの会への高い期待が数値には出ていました。
-米重氏
私も選挙ドットコムの調査結果は見ていました。
私たちJX通信社で行っていた調査では、小池都知事を支持するか、国政政党に都民ファーストの会を含めた中での投票意向、重視する政策課題といった都議選に向けた内容を中心に質問しました。
「なぜ選挙ドットコムとJX通信社の事前の世論調査が当たったのか」の答えの1つになると思いますが、私たちの情勢調査では、実際の投票結果を正確に予測し得る精度の高い結果を出すことはもちろん、テクノロジーを使って回答率を上げることも重視しており、非公表の分も含め相当な回数の調査結果と実際の選挙結果とを対照、分析しながら改善を続けています。
-増沢
例えばどのような改善が回答率の向上に貢献したのでしょうか?
-米重氏
最初の方の設問を比較的答えやすい項目にするなど、設問の工夫はもちろんですが、読み上げ音声の声質の改善によって電話調査に回答してくださる方の割合が大幅にアップしたのが印象的です。特に都心部では顕著なのですが、通常は自宅に情勢調査の電話がかかってきても、忙しいのか警戒しているのか、回答してくれない人がほとんどです。
そこで、設問の順番を答えやすくする、聞き取りやすい音声にするなどの改善の積み重ねを行いました。その結果、約2年前には回答率が約20%程度の時期もあったのに対し、今年の都議選の調査では67%まで回答率を上げることができました。自動音声の世論調査はこれまでにもありましたが、私たちの回答率はかなり高い方だと思います。
-平木
回答率67%は非常に高い数値ですね。
-米重氏
私は回答率は情勢調査の精度を左右する大きな要素であると考えています。私たちが報道ベンチャーとしてやっていることは、従来の人力の世論調査の手法を機械で行えるように手を加え、回答率などのKPIを改善するためにPDCAサイクルを回している、言わば「報道の機械化」の公開実験のようなものなんです。
現在報道各社が行っている、人力による世論調査の方法だと、非常にコストがかかります。このため、例えば都議選では共同通信社の調査に9社ものテレビ局や新聞社が相乗りして、同じ調査データをもとにそれぞれの報道機関が情勢分析していたりするんです。こうした状況に私たちは限界を感じていて、「機械化」によって劇的にコストが低く、かつ正確な新しい手法を切り拓いていきたいんですよね。回答率を上げ、離脱率を下げるといった改善のためにトライ・アンド・エラーをベンチャーらしく自由にやっていける。それがJX通信社の情勢調査の強みです。
-増沢
選挙ドットコムでも、今回の調査は「実験」の意味合いが強かったように思えます。例えば、世論調査は報道機関だけではなく、各党も行っています。ただし、費用が高いのがネックで、さらには各党の担当者も「その調査がどのくらいの信頼性があるのかが分からない」といったこともあるようです。
そこで、例えば選挙ドットコムが「幹事社」となって世論調査を行い、そのデータをみんなでシェアするモデルなどを作れないかと検討しています。同じ調査結果をシェアすることで費用を下げられますし、選挙ドットコムは国政・地方など過去の選挙結果を保有していますので、そういったものも活用することで信頼性の高い調査結果を提供できます。そもそも、各党が独自で行っている調査ですと、「比較対象がない」状況ですので、その意味でも選挙ドットコムが幹事となって「合同調査」を行うのは意義があると思っています。
各党が「支持を広げるための調査」として世論調査を行うのであれば、選挙ドットコムではお手伝いできない部分ですが、「客観的なデータを提供する」という役割は積極的に果たしていきたいと思います。
-平木
データの精度を高めることというと、固定電話と携帯電話の扱い方の問題もありますね。2年ほど前から携帯電話の扱いについて研究が始められ、今春から携帯電話を対象とした調査も始まりましたが、まだまだ固定電話が主流です。
固定電話が中心の調査では、若い世代は固定電話を持っている人が少ないということや、女性が電話に出ても男性に代わって答えてしまう傾向がある、という問題があると思います。JX通信社では固定電話の問題点についてどのように対処されていますか?
-米重氏
全国世論調査はともかく、地域を絞った選挙の情勢調査では携帯電話に架電することは困難です。このため、固定電話に対してRDD(Random Digit Dialingの略。ランダムに数字を組み合わせて番号を作り、電話をかけて調査する方法)を行うという基本は同じです。ただ、そこで集めたデータの精度を高いものにしていく、例えば先に述べた回答率への取り組みをはじめ、サンプルの偏りが出ないようにする様々な工夫をしています。
-平木
確かに、固定電話か携帯電話かにこだわるよりも、調査結果の精度を高めることが重要かもしれませんね。
20年前、訪問での情勢調査が主流だった時期に、NHKで訪問と電話の情勢調査ではどちらが精度が高いのか?という実験を行ったことがありました。同じ3日間調査を行った結果、政党の支持率や政策の興味はほぼ同じだったんですよ。手法が異なっても、データに差が出ないことがある例ですね。
一方、2011年の大阪市長選挙では、どこも手法はRDDなのに各社の情勢調査が外れに外れて、朝日新聞社だけが当たったんです。なぜかというと、他社より電話をかける時間が長かったから。他社が電話をかける時間を軒並み10時~18時に設定する中、朝日は電話をかける時間を21時まで延ばしたと言われています。
-増沢
電話をかける時間を長くすることで、在宅率が上がりますし、若い層も電話に出てくれますね。選挙ドットコムの調査でも、平日と土日、日中と夕方など、電話をかける時間も配慮するようにしています。
-平木
特に大阪は若い層に人気のあった維新の躍進がありましたからね。固定電話にいつもの時間にかけるだけでは捕捉できなかったんですね。
-米重氏
報道各社が、今回の都議選で直前まで自民党の歴史的大敗を予測できなかったように、情勢調査と実際の投票結果が違っているということは、結構あるんですよ。ただし、一般の有権者はその情勢調査の結果が違っているとはなかなか思わないでしょうし、間違った調査結果から、有識者が間違った分析や考察をしてしまうことも多々あります。
-増沢
選挙ドットコムでは調査の精度を上げるために、42選挙区ごとに調査をし、トータルで2万という今までにない数のサンプルをとりました。他にも選挙ドットコムの保有する過去の選挙データを参考にしたり、選挙アナリストである平木さんの知見や選挙ドットコム編集部やライターの独自の取材情報、ネットを使った情勢調査の全てを組み合わせてデータの精度を高める努力をしました。
-増沢
JX通信社の情勢調査では、共産党の議席が増えるであろうことも予想されていましたよね。選挙ドットコムの情勢調査でもJX通信社と同様「都民ファーストの会が第一党になる」という調査結果が出ていましたが、選挙期間中には調査をしなかったので、共産党の議席の伸びは読み解けませんでした。
-米重氏
投開票1週間前、6月24日・25日の中盤情勢調査と、30日・7月1日に実施した最終盤の調査で、かなりはっきりと共産党の伸びが出ていたんです。過去の他の地域での選挙も含め、最後の1週間の調査結果からは得票率など投票結果を正確に予測しやすいです。
都議選では5月の段階では自民党が第1党、もしくは都民ファーストと拮抗というのが報道の相場観で「都民ファーストの会が第一党になる」と言っていたのは私たちと選挙ドットコムしかいなかったものですから、これで外れたらどうしようと、さすがに気が気じゃなくて(笑)。
でも、最終的には自分たちでしっかりとPDCAサイクルを回して取ったデータですから、一番信用できるデータのはずだとも思っていました。
-増沢
5月ですと都民ファーストの会は全然候補者が決まっていませんでしたもんね。
-米重氏
これで手法がある程度確立されたな、9合目あたりまで来たかな、という自信はつきました。これからはいかにコストを抑えながら正確なデータを出していくかですね。機械でやるからコストが安く、なのに精度が高い、そんな新しい手法として、報道現場で今後10年のスタンダードになるようなものにしたいです。
-平木
こうして我々が出したデータを、政党にももっと活用していただけたらいいですね。今回の都議選でしたら、都民ファーストの会はもっと候補者を擁立しても良かったのではないか? と思いました。他にも選挙区調整等、政党が情勢調査を活用してできる選挙対策はたくさんありますよね。
-米重氏
そのためには、まだまだ精度を高めていかないといけないですね。
出口調査に関してもそうです。例えば、報道各社が出口調査している場所を調べてみると、候補者の選挙事務所の近くであったり、候補者の子供が通っている小学校であったりと、どうも正確な数値が出にくそうなケースがあります。
-平木
サンプルに歪みが生じてはいけませんね。例えば中選挙区制の選挙で情勢調査を実施するとき、大きい区から多人数、小さい区から少人数サンプルを取っていたら、大きい区出身の候補者が情勢調査で有利になってしまいますよね。地域の特性に合わせたサンプリングが必要です。他にも、取材が足りず、調査をする地域が偏っているケース等が考えられます。
-米重氏
間違った分析データがあると、間違った意思決定につながってしまいます。我々にできることは、事前の情勢調査を正確に出し、定点的に行い続けることです。できれば1週間単位で世論の変化を正しくとらえたいと思います。
-平木
中選挙区制の選挙なら15~20%の数字で良くても、小選挙区制の選挙で勝つには51%の数字を取らなければ勝てませんからね。
-米重氏
それに、選挙をめぐる情報発信も多様化しています。それこそアメリカ・イギリスのように選挙の度に激しい情報戦がネットを席巻する「戦国時代」に突入し、フェイクニュースサイトが真顔でシェアされる世の中がすぐそこまで来ているかもしれない。そういうことにならないようにしないといけないなという問題意識は常に持っています。
-平木
経験上、政治家・政党はデータを軽んじるところが少なからず課題としてあるかと思います。主観ではなく、具体的な事実をもとに物事を決めていっていただけるように、良いデータを提供しなければいけませんね。データ・報道の質が政治家の判断の質につながっていくと考えると、情勢調査は今後より重要な仕事になっていくと思います。
-増沢
今後も正しい数値・データを提供し、情勢調査のデータの価値を高めていきたいですね。
本日は貴重なお話ありがとうございました。
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