7月9日告示、7月23日投開票の仙台市長選に立候補していた無所属で新人の菅原裕典氏(57)。開票の結果、郡和子氏が当選し、菅原氏は次点で落選となりました。
菅原氏は1960年仙台市生まれ。東北学院中学校、東北学院高等学校、東北学院大学経済学部を卒業しています。
大学卒業後に名古屋の葬儀社で1年間の経験を積み、仙台に戻ります。1年後の1985年3月に父親と「有限会社すがわら葬儀社」を創業しました。1991年に「株式会社すがわら葬儀社」に組織変更、2001年同社の代表取締役に就任しました。
2010年には「株式会社清月記」に社名を変更し、仙台市内を中心に葬祭会館やぶつだんギャラリーなどを展開しました。2011年2月には飲食事業部門を開設し、飲食事業の直営化など、葬儀以外にもケータリングを展開しました。2012年12月にはトータルライフコーディネートの無料相談サービスを開始しています。
2011年の東日本大震災で被害を受けた仙台市ですが、菅原氏も自社会館が被災しました。この時、宮城県葬祭業協同組合や仙台地域葬儀会館連絡協議会の震災対策本部長に就任し、現場で棺の輸送や犠牲者の納棺業務を中心に指揮を取りました。同年4月からは自社にて石巻市の仮埋葬やその後の掘り起こし火葬の業務を行い、5月には石巻地域で1500基のミニ仏壇を無償にて配布し、津波の被災者の供養を支援しました。
また、震災で両親を亡くした子供たちを支援する「NPO法人JETO(ジェット)みやぎ」を立ち上げ、現在も理事長を務めています。
菅原氏はこれまで政治経験がありませんでしたが、会社や様々な組織の代表を務めたことを強みとして挙げていました。中学校・高校・大学の13年間にわたり、「将来に起業する時のため、もっと知識を身につけよう、という意識を持って学び、卒業後に葬儀の仕事に携わっていた。大学時代には従業員と同じように働き、仕事と学業を両立したことは自分の財産になった」と菅原氏は振り返っています。
25歳で起業し、「死」に関わる葬儀会社での仕事のために偏見を受ける事もしばしばで、「葬儀の仕事はよほどの強い思いがなければ起業は不可能」と菅原氏は述べています。また、寺社の「清月記」について「生命(いのち)の応援会社」と呼び、定年後も介護などを受けずに元気に過ごすためのサポートや、地域の人々が最期までいきいきと過ごすためのライフデザインを提案しつつ、日本一のお葬式の提供を目指していきたい、としています。
地域密着型の企業の経営者である菅原氏は、「仙台市内で企業同士の競争を行い、優れた人材や商品の創出を図りたい」「男女に関わらず活躍しなければ力強い地域を作ることができない」と企業人らしい政策で選挙戦を戦いました。「いつか政治家の仕事をしたい」という気持ちを抱いていたと言い、仙台が中小企業で懸命に働く市民に支えられている、と述べていました。
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