11月8日投票の米大統領選の結果を大きく左右するテレビ討論会がいよいよ始まった。
9月26日夜(日本時間27日午前)、「米国の進路」、「繁栄の実現」、「米国の安全保障」の3つをテーマに、民主党ヒラリー・クリントン候補と共和党ドナルド・トランプ候補が初めて直接対決し、論戦を交わした。
結果的には、特に目新しい発言もなく、面白みに欠けた討論会であったが、「ヒラリーの勝ち」という評価でほとんど一致している。
だが、今回の「勝利」はヒラリー氏の勝利を決定づけるものでは決してない。その理由の前に、まずは各候補者の第一回討論会での狙いとヒラリー氏が「勝てた」理由を見ていきたい。
今回、ヒラリー陣営は「力強さ」と「笑顔」をテーマに掲げて討論会に臨んだ。
現状、ヒラリー氏の方がやや優位に選挙戦を進めているが、ヒラリー氏の最大の課題は「信頼性の欠如」だ。
8月末にワシントン・ポストとABCニュースが共同で行ったアンケートでは、59%がヒラリー氏を「好ましくないと思っている」と答えており、8月初頭の世論調査と比べても好感度は下がっている。
一方、トランプ氏に対しても60%が「好ましくないと思っている」と答えており、今まで何度も人種差別的な発言をしているトランプ氏とほぼ変わらない。それぐらいヒラリー氏は嫌われている。
なぜそこまで嫌われているのか。
まず挙げられるのは「完璧すぎる」点だ。
彼女は行動は常に計画立てられ、秩序立っている。仕事もできる。夫は元大統領。エスタブリッシュメント(支配階級)の代名詞と言っても過言ではない。
しかも、今月流出したパウエル元米国務長官が元部下にあてたメールでは、「抑えのきかない野望を持ち、強欲だ」と評されるほど、キャリア志向型であり、狡猾さがにじみ出ている。
ヒラリー氏から聞こえてくる話は常に仕事の話であり、国民からすると人間味が感じられず、親しみを持つことが難しい。
ヒラリー氏の実績が疑われているわけではない。国務長官時代は66%が支持している。それでも、大統領選が進むごとに好感度は落ち、無党派層は中々決めきれずにいる。特に、白人男性と若年層からの支持を得るのに苦労している。
こうした状況下にあるヒラリー氏にとって、今回の討論会はとても重要なものであった。90分間にわたって行われるTV討論会は、政策の内容よりもジェスチャーや表情など非言語の部分が大きな影響を与えるからだ。ヒラリー氏が最も不得意な分野とも言える。
ヒラリー氏は自身の弱みである冷たさを補うため、民主党カラーである青ではなく、赤の服を選び、力強さを演出した。また、討論会が始まる前から笑顔を見せ、トランプ氏のことをドナルドと呼ぶなど、(トランプ氏を見下しつつ)親しみやすさを演出した。
また、トランプ氏の失言を呼び込むため、積極的に攻撃し、トランプ氏の反撃は笑ってかわした。基本的には、ヒラリー陣営の想定問答から大きく外れることはなかったのだろう。
トランプ氏の大きな実績であるビジネス面でも親からの多額の援助や破産の多さ、給料の未払いなど、トランプ氏の信頼を損なわせる発言を繰り返しただけではなく、自身のメール問題や健康問題はすぐに打ち止めることに成功した。
ヒラリー氏の攻撃的な面を意外に感じた人もいるかもしれないが、語るテーマが限られる短時間の討論会ではいかに自身のペースに持ち込むかが重要であり、受け身になった時点で負けだ。何より、押し込まれている様は大統領として情けなく見え、信頼を大きく損なうことになる。
ヒラリー氏を強く嫌っている人々はあの上から目線での発言や笑い方に反感を覚えただろうが、あれでも今までに比べればだいぶ抑制され、戦略は成功したと言えるだろう。少なくとも、失点がなかったのが大きい。前回の記事でも説明したとおり(全米支持率で上回ってもトランプがヒラリーに勝てないワケ)、本選は民主党候補が勝ちやすくなっており、このまま大きなハプニングが起きない限り、ヒラリー氏が大統領になるからだ。
一方のトランプ氏は、「理性」と「富裕層」を掲げて臨んだ。
今まで過激な発言で注目を集め、反エスタブリッシュメントや低所得層から感情的に支持を集めてきたトランプ氏だが、大統領になるためには、中道派からの支持を得なければならない。
そのために用意したのが、青色のネクタイとお利口な態度だ。
共和党のカラーは赤色であり、トランプ氏も今までずっと赤色のネクタイをしていたが、青色で「理性」を演出した。また、ヒラリー氏のことを今まで呼んできた「ペテン師ヒラリー」ではなく、「ヒラリー長官」と呼び、大統領らしさを演出した。
しかし、準備不足のため、政策内容は抽象的な内容にとどまり、前半こそ、ペンシルベニア州など激戦州の具体名を挙げ、ヒラリー氏は「30年も政治家やってきて問題解決できていない」などと善戦したものの、後半は指摘されるたびに冷静さを失い、水を何度も飲み、討論会終了直後に足早にステージを去るなど、弱々しさを露呈した。
本当に「理性」を演出するのであれば、きちんと準備し、ヒラリー氏を政策面で言いくるめる必要があったが、共和党予備選から全然進歩が見られず、なぜ準備しないのか理解しがたいものであった。
また、「富裕層」を狙った減税もマイナス効果であった。
トランプ氏は激戦州で勝つために、既存支持基盤に加え、大卒以上の白人層に狙いを定めて選挙戦を繰り広げており、ヒラリー氏とリバタリアン党に流れている富裕層の票を奪うべく、唯一準備したと言ってもいいぐらいの政策として減税を強調した。
しかし、クリントン氏に「トリクルダウンは機能せず、国民の上位10%の減税では経済成長はしない」、「トランプ氏の減税プランでは米国の負債が5兆ドル膨らみ、中間層の職は350万人分失われる」、さらに「トランプ氏は非常に恵まれた人生を送り、父親からもらった1400万ドルでビジネスを始めた。
それとは対照的に、私の父は中小企業のオーナーだったが、働きに働いて事業を支えた。富裕層のトランプ氏とは違う、中間層の経済を繁栄させることが重要だ」とヒラリー氏の主張を伝えるきっかけを与えてしまった。
こうした反論が来ることを想定していれば、ヒラリー氏が主張している超富裕層の相続税を65%にする計画などを批判できたかもしれないが、ここでも準備不足が露呈し、反論もできずに終わっている。
それに、そもそも「富裕層」を狙いにいったのが間違いである。トランプ氏の異例さ(かつ支持を集めてきた理由の一つ)は、共和党候補でありながら、政策的には民主党的な面があることであり、本選では、予備選で主張していた中間層や低所得層の減税をほとんど主張していないが、本来アピールすべきはこうした政策であった。
そして、トランプ氏が勝つために必要なのは、現在まだ投票先を決めていない浮動票であり、その多くは若年層が占めている。
つまり、バーニー・サンダース上院議員を支持していたような若年層を取る必要があるわけだが、その時有効なのは民主党的な分厚い財政出動政策である。
実際、予備選でトランプ氏に投票するために共和党員になった有権者も少なくない。
共和党主流派からの協力を得るために「富裕層」を狙いにいったものと思われるが、貿易リスクが存在することを考えると、今さら富裕層がトランプ氏を支持することはないだろう。
だが、冒頭で述べたとおり、今回の「勝利」はヒラリー氏の勝利を決定づけるものでは決してない。
まず、討論会は三回行われ、一回目で全て決まるものではない。実際、2012年の大統領選では、第一回討論会においてオバマ氏が弱々しさを見せ、直後に行われたCNNの世論調査では67%がロムニー氏の勝利だと答えている(今回は62%がヒラリー)。
しかし、オバマ氏が攻勢に出た第二回目と第三回目はそれぞれ46%と48%でオバマ氏が勝利に選ばれている。
今回においても、次回以降トランプ氏が攻勢を強めるのは必至であり、今後どうなるかはわからない。心理的にも、最後の方が印象に強く残る。
さらに、最も重要なのは、準備量が圧倒的に違った今回でも、ヒラリー氏が勝ち切れなかった点だ。
まだ本格的な世論調査が出揃ったわけではないが、各予想サイトで大きな変化は見られず、ヒラリー氏が討論会で勝っても、それは織り込み済みであり、追加材料にはなっていない。
一方、今回ほとんど準備してこなかったトランプ氏にとって、次回以降はチャンスしかない。今回手の内を見せたヒラリー氏は徹底的に対応策を練られる一方、ヒラリー氏にとってトランプ氏は未知数となる。
また、トランプ氏の支持者に比べ、ヒラリー氏の支持者は冷めており、討論会がこのまま淡々と続き関心が下がれば、民主党支持の有権者が減り、トランプ氏が勝つ可能性も存在する。
今回は両者ともに、「いかにまだマシだと思ってもらえるか」に固執した結果、つまらない討論会になってしまったが、おそらく次回以降は白熱したものとなるだろう。
変化を呼び起こすアウトサイダーなトランプ氏にとっては、追い上げる状況ができた現状は好機になる可能性が高い。マスメディアはほとんどがヒラリー氏の勝利を伝えたが、どうも懸念が残る第一回討論会になってしまった。いずれにしても、10月9日の第二回討論会に注目したい。
※本記事は「室橋祐貴のハフィントン・ポスト」の9月30日の記事の転載となります。オリジナル記事をご覧になりたい方はこちらからご確認ください。
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