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北方領土返還の可能性はあるのか~日露首脳会談で新たな展開への期待

2016/9/2

児玉 克哉

児玉 克哉

pixta_23706246_S安倍首相とロシアのプーチン大統領が日露首脳会談を行う。一気に話が進むとは思えないにしても、プーチン大統領は北方領土問題で融和的姿勢を示している。これは日本からの経済協力や政治的な連携を強めるためのポーズなのか、それとも領土問題が動くのか、まだ分からない。戦略家のプーチン大統領だ。まともに期待するだけだと、結局期待はずれで終わるかも知れない。

とはいえ、ロシアで強靭な政治地盤を確立したプーチン大統領と衆議院でも参議院でも自民党単独過半数を実現している安倍首相は、お互いに「政治的判断」ができる状況だ。このチャンスを逃したらこれからもまず大きな展開は望めない。領土問題は目先の妥協をすべきではなく1000年単位の長期的視野で考えるべきだという意見もある。私は、1000年単位の長期的な視野も必要だが、それとともに現世での展開も重要だと考えている。第二次世界大戦から70余年が経つのにいまだに平和条約が結べていない状況はやはり異常だ。日本にとって、今はロシア問題よりも中国を中心とした東アジア情勢の方が重要になっている。日露関係が前進することは東アジア情勢を安定化する上でも大きな意味がある。

プーチン大統領の主張の要点は、1.4島問題の解決は政府間関係の長期的発展に向けた第一歩となること、2.北方領土に関しては一部の交換とか売却ではなく、どちらもが敗者と感じないような解決策を見つけること、である。安倍首相もほぼ同じ意見だろう。問題は、「どちらも敗者と感じない」ような解決策があるか、ということだ。北方領土に関しては日本とロシアの間に前提となる認識にかなりずれがある。そのずれを乗り越えて、「どちらも敗者と感じない」解決策の模索は容易ではない。だからこそ、強固な政治地盤を持っている二人のリーダーが批判覚悟で決断しなければならないことだろう。

ロシアが置かれている経済・政治状況はよくない。2年前までロシア経済は原油バブルに沸いた。資源大国ロシアは素晴らしい経済発展を遂げた。プーチン大統領は北方領土問題の前進を仄めかした時期もあったが、ロシア経済が発展していく中で、プライオリィティは非常に下がった。しかし、シェールガス革命が実現したことや中国経済の低迷なども影響し、原油・天然ガス価格が大幅に下がった。これはロシア経済を直撃している。中国との貿易額も大きく減少している。資源なき日本と連携を深め、新たな産業形成を目指したいということだ。日本にとっても経済協力は望むところ。両者の思惑はここでは一致している。

またロシアはウクライナ問題などで政治的に孤立化しつつある。ヨーロッパとの関係はかなり冷え込んだ。またアメリカとの関係にも緊張がある。日本との関係を強めることは国際政治の中での立場を改善する意味もある。前述のように日本も不安定な東アジア情勢のもとで、日露関係の改善を図りたいのだ。

プーチン大統領と安倍首相は北方領土問題の「新アプローチ」という言葉を使い始めた。具体的にどのようなものかはまだ明確ではない。これまでの交渉は歴史的経緯を巡る対立をこえて、日本への帰属移行の具体的な手法を議論するアプローチとされている。

具体的にどのようなものになるかを考察してみたい。まず前提としてロシアが一気に4島返還に応じることはないだろうということだ。北方領土の問題は、大きく言って次の5つの要素がある。

1.資源問題(海産物資源、海洋地下資源、観光資源)

2.企業の資産の扱い

3.ロシア住民の権利、移住補償

4.軍事的価値

5.領土に対する精神的価値

最も厄介なのは精神的な価値の問題だ。これは基本的に妥協できないものだ。日本も4島返還にこだわるのもこの部分が最も大きい。ただお互いにこれを主張しあうと前進は望めない。他の要素も現実的に考慮し、とりあえずの合意も検討することは意味があるだろう。

まず大きなポイントは軍事的な問題だ。ロシアにとって国後水道(ロイア名:エカチェリーナ海峡)と択捉水道はロシア海軍の太平洋艦隊にとってはオホーツク海から太平洋へ出るための交通の要衝の一つだ。北方領土4島返還はこれをできなくさせる。日米安保があるなかでは、ロシアにとってみれば有事に国後水道や択捉水道が使えなくなることは大きなマイナスだ。まずロシアが認めることはないだろう。歯舞群島、色丹島の2島返還であれば、ロシアにとって国後水道や択捉水道の使用に支障がない。だから2島返還ならなんとかOKということだ。日本にとって国後島は北海道に近いこともあり漁業の面からも大きい。泊村の港が使えることは意味がある。2島に加えて西南国後を変換してもらうことは可能だろう。これだとロシアは国後水道の使用に制限が無い。日露産業協力をするにしても、国後の一部が日本領土として使えるなら活性化しやすい。国後が北方領土の日露産業協力の拠点となる。

「新アプローチ」としての工夫ができるのは資源活用や経済、企業資産の扱い、住民の権利などの点だ。ここで両国が大きく前進させる可能性がある。

日本に返還される島では、ロシア住民の居住権(永住権)の確保、希望する場合の二重国籍の付与、帰化の簡易化などが考えられる。二重国籍となれば、住民は北海道での労働も可能になる。ロシア企業の資産の保全もなされるだろう。またロシア企業の営業権も以前と変わらないくらいに補償されることが考えられる。

日本に返還されない島(部分)に関しては、日本企業の活動が大幅に認められることになるかも知れない。これまで日本政府は北方領土への移住などはしないように協力を求めてきたが、大きな方向転換でむしろロシア領の北方領土にも行って活動しよう、という呼びかけに変わるかも知れない。これが「新アプローチ」になるのではないだろうか。

私は長期的に見ればこちらの方が4島返還においても早いのではないかと思う。日本人居住者が増えれば、自ずと雰囲気も変わってくる。領土問題は時間がかかる。1000年とは言わなくても20年先、50年先は見据えて方向を考えるべきだろう。

いずれにしても安倍ープーチン会談がどのような発展をみせるか。私は北方領土問題は来年が山場になるのではないかと予想している。

※本記事は転載となります。オリジナル記事をご覧になりたい方はこちらからご確認ください。

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児玉 克哉

児玉 克哉

三重大学副学長・人文学部教授を経て現職。トルコ・サカリヤ大学客員教授、愛知大学国際問題研究所客員研究員。専門は地域社会学、市民社会論、国際社会論、マーケティング調査など。公開討論会を勧めるリンカーン・フォーラム事務局長を務め、開かれた政治文化の形成に努力している。「ヒロシマ・ナガサキプロセス」や「志産志消」などを提案し、行動する研究者として活動をしている。2012年にインドの非暴力国際平和協会より非暴力国際平和賞を受賞。連絡先:kodama2015@hi3.enjoy.ne.jp

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