
7月6日、イギリスの独立委員会が、2003年イギリスがイラク戦争に参戦した経緯を検証する報告書を発表しました。イラク戦争は、2003年アメリカ主導でイラクのフセイン政権打倒を目指して行われたもので、フセイン政権打倒には成功したものの、その後イラクを含む中東の情勢が大きく混乱したことを理由として、批判を受けています。
イギリスは、アメリカと共にイラク戦争開戦を主導し、また国内で179人の犠牲者を出したました。このことで、国内では批判が根強く存在します。今回の報告書はそうした批判に応えるべく、膨大な時間と費用をかけて作成され、戦争への反省が一層進むものと期待されています。
この委員会は、2009年当時のブラウン政権が設置し、参戦時の政府高官や軍関係者、情報機関担当者などに聴取を重ねた本格的な委員会です。今回の報告書は200万語以上に上り、フセイン政権が大量破壊兵器を持っていたからとする参戦理由を「全く正当化できないほどのもの」と強く批判しています。
イギリスではイラク戦争に参戦した2003年当時のトニー・ブレア政権が「倫理的な外交」や、その実現のために時に軍事力を伴う「善のための力」という理念を掲げて、積極的な外交を展開していました。その中でブレア氏が特に重視していたものに道徳があります。1990年代相次いだ人道上の危機や、温暖化問題といった危機について、イギリス国益を超えて道徳上の必要性から、ブレア政権は主導的に対応してきました。
このように道徳を重視した外交を実践できた背景には、ブレア氏個人の性格の他、当時制度改革により内閣の議会への優位が高まっていたという事情があります。これは、「首相の大統領化」と呼ばれました。また、ブレアは、18年野党に甘んじていた労働党を改革するという「ニューレーバー」(訳:新しい労働党)を掲げて1997年政権交代に成功し、さらに2001の総選挙でも圧勝しました。そのことでブレア氏個人の影響力も強まっていました。
そんなブレア氏からすれば、イラク問題は単なる大量破壊兵器の問題以上に道徳的な問題でした。フセイン政権の強圧的な支配のもとで人権が蹂躙されるという状況にありました。2000年、当時内戦で犠牲が拡大していた旧ユーゴスラビアのコソボへの軍事介入が成功したこともあり、ブレア氏はイラクへの軍事介入に積極的でした。
一方で、イラクでの人権侵害は当時の国際的な軍事介入の基準としては十分ではなく、アメリカのブッシュ政権が主張した大量破壊兵器の存在がほぼ唯一軍事介入の根拠として成立し得るものでした。結局、ブレア政権もこの大量破壊兵器の存在を主張し、アメリカと共に開戦を主導します。開戦演説の中で戦争の目的は「フセイン氏を権力の座から排除することであり、イラクの大量破壊兵器を武装解除することです。」と主張しています。
結局、この大量破壊兵器の存在は嘘であり、存在するとする根拠がそもそも十分ではありませんでした。国内で179人の犠牲者を出したこともあり、ブレア外交はイラク戦争後大きく批判されることになります。
イギリスでは開戦以降イラク戦争への批判が巻き起こっていました。例えば、2003年にはブレア政権の情報操作をめぐる疑惑を追及する委員会が立ち上がるなど、その責任追及は迅速に進みました。このような動きは、ブレア氏への批判として、かつての若きカリスマ像を大きく傷つけ、そのことは首相の個人的人気や影響力に頼っていた政権運営を損なうものとなりました。
そして、2005年の総選挙では、労働党は大きく議席を減らすことになります。これ以降、与党議員への影響力や地方議会選挙の勝利に陰りが見え始め、ブレア氏への信頼は低落することになります。その結果、2007年ブレア氏は首相を辞任しました。
ブレア氏退陣後、同じく労働党のブラウン氏が首相に就任しました。彼もまたニューレーバーを掲げていましたが、この頃にはニューレーバーの人気はすっかり影を潜めていました。その後、ニューレーバーの中でも重要な政策である経済政策で失点を重ね、2010年には保守党に政権交代を許し、ブラウン政権は退陣しました。
その結果、従来の労働党のあり方を見直すニューレーバー運動そのものに対しても疑念が深まるようになりました。そしてイギリスでも格差がクローズアップされると、批判は決定的なものとなります。2015年再び労働党が総選挙に敗北した後、リベラルな労働党の中でも特にリベラルなコービン氏が労働党党首に就任しました。
7月6日の報告書をめぐってコービン氏は、イラク戦争は「軍事侵略」であったとして、同じ労働党のブレア氏を強く批判しました。この批判をめぐって、労働党は分裂しています。労働党議員の中では、ニューレーバーの議員を中心として介入主義的な外交政策に賛同する声が依然として強く、そのような外交姿勢そのものを批判するコービン氏に対して強い反発が生まれているのです。
実は、EU離脱をめぐる国民投票においてもコービン氏は離脱阻止のために十分な働きをしなかったとして、ニューレーバーの議員たちはコービン氏を批判しています。今回の報告書はこのような労働党の亀裂をさらに深めるものとなるでしょう。イラク戦争がイギリス政治に残した傷跡は根深いものと言えます。
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